Archive for 3月 2011

「買い溜め問題とサプライチェーンについて」

東北地方太平洋沖地震に被災された皆様に心よりお見舞いを申し上げますとともに、亡くなられた方のご冥福をお祈り申し上げます。

今回の震災後の買い溜め問題とサプライチェーンとの関係について、かつてコカ・コーラのサプライチェーン再編に関わり、その中核となった機能統合会社のCFOを務められた古谷文太氏の興味深いツイートがあります(2011年3月22日)。今回、ご同意を頂きまして、まとめて転載させていただきました。
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震災後の節電や買い溜め問題で痛感することは、サプライチェーンを左右する本当の力は最終消費者にあるということです。買い溜めして供給側に増産を迫ることもできれば、他者を慮って電力が余るほど控えることもできる。まさに「お客様は神様」です。

買い溜めで在庫が払底して、増産につぐ増産をしているメーカーは、さぞかし儲かるだろうと思われているかも知れません。しかし、実際は逆になります。無理な増産や供給のためには、効率の悪い設備を動かしたり、無理な残業をしたり、遠くから運んだりして、余計にコストがかかります。

余計にコストが掛っても、余計に売れればよいのですが、買い溜めしたからといって最終消費量が増えるわけではありません。つまり、買い溜めされた商品は消費者のところで「在庫」として積み上がっている。いずれ消費者自身がそのことに気付きます。

自分の過剰在庫に気付いた消費者は、今度は買い控えを始めます。いつまで?。過剰在庫=買い溜めした分がなくなるまでです。つまり、メーカーがいま増産している分は、通常であればもっと後に生産する分を先食いしているに過ぎません。あとから見れば販売量の合計は一緒だったということになる。

通期での販売量は一緒で、コストは余計にかかる。買い溜めによって供給者側も損をする理由です。さらに悲劇的なのは、買い溜めに対して真っ正直に増産した場合、在庫のかなりの部分が滞留して廃棄されたり、投げ売りされたりすることになるだろうということです。

多くの供給者(メーカーや卸売・小売業者)が過去の販売実績に従って必要在庫量を計算し、必要在庫量を満たすように生産量や仕入量を決定しています。これが悲劇の原因になります。詳しい説明は省きますが、急に売れ出すとそれ以上の勢いで増産、追加仕入することになるからです。

増産して在庫が追いついたころ、今度は買い控えが始まります。当然、店舗や工場の在庫は回転が急激に鈍って賞味期限切れなどのリスクが高まります。困った供給者は投げ売りするか、最悪賞味期限切れなどで廃棄するということにもなりかねないということです。

社会全体のコストとして考えも、買い溜めは誰の得にもなりません。しかし「お客様は神様」。お客様の意思を供給側が変えるのは容易ではありません。何とかならないのかというと、ひとつ手段があります。

買い溜めが起きている商品の値上げをすることです。「弱みに付け込んで」と思われるかもしれませんが、社会全体のコストから考えて合理的なことだと思います。

具体的にイメージしてください。ガソリンスタンドに並んで順番が回ってきたとき、いつもと同じ値段だったら「この際満タンで」と頼むでしょうが、もし一時的な3割増しだったら?。店側から制限されなくても必要量だけにするのではないでしょうか。買い溜めを抑制する効果です。

先ほど書いたように買い溜めに応えるには追加コストがかかるので、値上げはそもそもやむを得ないことです。そのコストを消費者側に示して合理的な判断を促すことにもなります。SCMは奥が深い。

SCMと資源の消費

東北地方太平洋沖地震に被災された皆様に心よりお見舞いを申し上げますとともに、亡くなられた方のご冥福をお祈り申し上げます。

今日、コンビニに出かけました。棚にはだいぶ商品が並ぶようになり、いつも通りの営業に戻りつつあるようです。
菓子パンを一つ買いました。

さて、このようにようやく元に戻ってきたオペレーションですが、そうなるまでには多くの方々の多大な労力があったはずです。
この菓子パン一つとってみても、サプライチェーンの複雑かつ様々なプロセスの集積があって初めて完成したものなのです。

小麦粉、水、イーストがあれば、パンは作れますが、「製パン」という「製品」「販売」するにはそれだけでは不十分です。
衛生的なビニール袋に包み、クレートと呼ばれるプラスチックのケースに載せ、円滑に流通させる物流システムがなければ店頭に並ばないのです。
そして包装に貼り付けてある製品表示のシール。たかがシールですが、これがなければ食品衛生法違反となり販売できません。

SCMが正常に稼働しているときは、これらの全てが滞りなく流れ、その存在を気に止めることもありません。
一方、現在の状況ではSCMは混乱し、幾つかは回復すらしていません。そんな中では、これら小さな要素の一つでも欠けるだけで、たちまち製品は店頭に届かなくなってしまうのです。

この混乱のもとで菓子パン一つを元通りの流通経路に乗せるには、もしかすると大いなる損失が背後にあったかもしれません。

一般に、企業は非常に厳格な品質基準を設けています。曰く、
・外箱に汚れがあったら納品しない。
・少しでもラベルが曲がったり、傷があったら納品しない。
・xxという原材料はxx度以下で温度管理され、納入後xx分以内に投入されなければならない。
・原材料投入後、xx分以内に全工程を完了し梱包しなければならない。
等です。

この混乱のもとでは、外箱に汚れが付着していたかもしれないし、生産機械も安定せず、ラベルも曲がったりするかもしれません。菓子パンの材料となる生クリームは、停電のため温度が上昇し、廃棄されたかもしれません。
そして、貴重なガソリンを使って運び、何とかしてかき集めてきた原材料を投入しても、途中で停電となって品質基準を満たせずに廃棄になってしまったものも数多くあるかもしれません。

災害復旧のためには、一日も早く供給能力を回復し、少しでも多くの製品を供給することが期待されます。一方で、混乱のもとでは通常通りの低い不良品率で製造することは困難であり、貴重な資源をある程度浪費することを許容しなければなりません。その貴重な資源が無駄にならなければ、別の何か、緊急を要する別の製品のために費やすことができたかもしれないのです。

この状況下で貴重な資源を少しでも無駄にしないよう、品質基準を下げることも考えられます。外箱に多少汚れがあっても、傷があっても、本来の品質に影響はないかもしれません。通常、品質基準には高いマージンがあるので、基準を引き下げることが即事故につながるわけではありません。しかしながら厳格な基準を逸脱することは、混乱のどさくさに紛れて消費者を騙した、と社会的に大きな批判を受けるかもしれません。

正常な製品を製造するために貴重な資源を多数浪費するよりは、いっそのこと操業しない、という選択肢もあり得ます。しかしながら、人命の掛かった状況下において供給責任を果たせないことになるかもしれません。

いずれも一長一短があり、どれが絶対的な正解というものではありません。しかし、いずれかを許容しなければ社会的な要請に応えられないことも事実なのです。

ようやく店に届いた菓子パン一つを手に取って、そんなSCMの裏側を見つめてみました。
一日も早いSCMの回復を祈ります。

カンニングに見る生産工程とコスト効率

京都大学はじめ幾つかの大学入試のカンニングが問題になっています。

この問題は、入試を一つの生産工程(試験会場という「工場」において合格者という「製品」を作り出す)と考えると、色々な問題を示唆しています。
まず、現代の入試制度は次のような点で大量生産モデルと言えます。
1. 何千人という志願者(原材料)を決められた試験日に一度に投入
2. 試験会場という一つの場所(工場)で、何段階かのプロセスを経て効率的に選抜
3. 何百人という合格者を出す(大量生産)
4. 出題と採点は、ある程度客観的に評価できる(プロセスの標準化、品質基準の標準化)

今回のカンニング事件は、テクノロジーの発達が、大量生産モデルの前提を覆してしまったともいえるでしょう。
すなわち、従来型の試験監督(投入前検査工程)で発見できたはずのカンニング(不良品)の想定を超えるようなカンニングの方法が持ち込まれてしまった(不良品の混入)というわけです。

これについては、一般に次のような対処方法が考えられます。

1. 投入前検査工程を強化する
前回述べましたように、USCPAの試験のような、何物も持ち込ませない厳しい持ち物チェックを行う方法です。
すなわち、生産工程に最初から不良品を投入しない、というやり方です。
この方法は後の工程への負担が少ない方法ですが、最初の検査工程は膨大になり、それなりのコストと時間も掛かるようになります。

2. 投入後検査工程を強化する
どんなに投入前検査工程を強化しても、不良品を0にすることは統計学上も不可能とされています。したがって、一定の不良品は発生するものだと考え、ある程度の不良品の発生は許容するとともに、最終製品段階で排除するという考え方です。
今回のカンニング問題の場合では、持ち込み検査などは強化しない代わりに、採点段階でYahoo!知恵袋などに寄せられた解答例に酷似するものはカンニングとみなして不合格にするやり方が考えられます。
この方法は、前の工程への負担は少ないですが、最終検査工程、すなわち採点段階での負担は大きくなります。

3. バッチサイズを小さくし、少量多品種生産に切り替える
上記の1.と2.のいずれも検査工程の強化にかなりのコストがかかるのは、大量生産を前提としているからです。
すなわち、一度に押し寄せる大量の志願者に対して、カンニングの有無を確認しようとするためにコストがかかるわけです。
そこで、一つ一つの工程のバッチサイズを小さくすれば、一バッチあたりの負担も小さくなります。
今回のカンニング問題の場合では、試験をもっと前から、何回にも分けて実施し、かつ1回あたりの合格者は数十名などもっと少なくする、という方法が考えられます。
この方法は、バッチが小さくなる分、工程の生産回数は増え、生産効率は低下します。しかし、起きうる様々な事象に対応する柔軟性は増します。

大量受験を前提とする場合、会場の確保、大人数の監督人員や採点人員の確保など、リソース確保の課題が多くありますが、3.の解決策では、受験プロセスは面倒になる一方、追加人員の確保は少なくて済みます。
1.や2.の大量生産モデルが装置産業型、大工場モデルだとすると、3.の解決策は、セル生産システム型と言えそうです。

カンニングとUSCPA試験について

京都大学はじめ幾つかの大学入試のカンニングが問題になっています。

物理的にカンニングができるかどうか、という受験環境について、私が受験したUSCPA(米国公認会計士)の試験をご紹介したいと思います。

USCPAの試験は、1年のうち4回まで受験でき、かつその日程は自由に選ぶことができます。
試験会場は、専門に作られた受験センターで、指定のコンピュータによって行われます。
そこへ入室する際には、ポケットの中まで全てロッカーにしまい、入国審査並みに写真と指紋を取ります。
当然のことながら携帯電話の持ち込みはできません。

このような試験形式は、非常にコストがかかるでしょう。1科目当たり百数十ドルという高額の受験料を支払っているからこそ成り立つ形式とも言えます。
ただし、そのような試験のセキュリティ体制は、より厳重な形式を求めるなら一考に値するでしょう。

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