財務

「CFO経営」が会社を蝕む?

2012年10月22日の日本経済新聞で、「CFO経営」が会社を蝕む、という記事がありました。

記事では、CFOが悪いわけではない、と断った上で、 リスクを管理するCFOの権限が強くなった結果、「投資はキャッシュフローの範囲内で」「手元資金は厚く」、とリスクを避ける経営によって、多くの企業が成長の芽を摘んでしまい縮小均衡に陥った、とあります。

「リスクを避ける経営によって、多くの企業が成長の芽を摘んでしまい縮小均衡に陥った」という現象は、残念ながら事実でしょう。もともと日本企業の多くがリスクを避ける傾向はありましたが、バブル崩壊後は、「羹に懲りて膾を吹く」的な行動も多かったように思います。

一方、これが権限が増大したCFOがもたらした結果である、とすると二つの点で大きな課題を残します。

一つ目は、CFOの資質の問題です。

「CFOは会社の金庫番」という表現があります。

間違ってはいないのですが、それはCFOの全てではなく、一面にしか過ぎません。

無駄遣いを防ぎ、リスクをコントロールすることはもちろん重要です。

しかし、CFOには、もう一つ重要な役割があります。

何が企業の成長をもたらすかを見極め、そこには適切な経営資源を配分する、ということです。

中にはリスクもありますが、本来、リスクのないところにはリターンもないので、明日への成長のためには、一定のリスクを取る必要があります。

「投資はキャッシュフローの範囲内で」「手元資金は厚く」などと、コーポレートファイナンスの教科書に書かれていることを金科玉条のように当てはめてしまったCFOがいたとすると、それはもう一つの重要な役割を果たしておらず、将来の機会を失ってしまった責任があります。

バブル崩壊後、全ての日本企業が一様に駄目だったわけではなく、大きく成長した企業もあることをみれば、この点は明らかです。

二つ目の課題は、CEOの責任とガバナンスの問題です。

いかにCFOの権限が強かったとしても、CFOが会社を動かしている訳ではありません。

会社の進むべき方向を決め、その通りに会社を導くのは本来CEOの役割です。

CFOがリスクを取らず、適切な分野への投資を怠り、成長機会を失っているとすれば、そうならないようにさせる責任がCEOにあります。

「財務のことは良く分からないからCFOに任せる」では、会社を正しい方向に導くことは出来ません。従って、CEOも、少なくともCFOが言っていることが正しいのか、会社の進むべき方向と合っているのか、を見極めることが出来るだけの能力=財務リテラシーを身につけていなければなりません。

シャープのキャッシュフローとは

※本記事は、発表された資料のみに基づく推測であり、その実現を保証するものではありません。実際の業績等は様々な要因等により大きく異なる可能性があります。


2012年9月6日、シャープが本社や工場などの土地・建物に対して担保を設定した、という報道がありました


シャープは8月28日に希望退職を発表するなど、リストラを進めている最中ですが、資金繰りについてはここが正念場、といったところでしょうか。


さて、このように報道からすると、なかなか大変な状況にあるようですが、実際のところはどうなのでしょうか。
細部まではもちろん窺い知ることができませんが、これまで公表された資料を基に、シャープの資金繰りを推測してみることにします。


シャープは2012年8月2日に、2012年度(2013年3月31日)の年間業績見通しの下方修正を発表しました
それによると、2012年度の通年の業績は、当初の見通し純利益300億円から一転して、純損失2500億円ということです。
一方、公表された連結財務諸表によると、2012年3月31日現在、現預金残高は1953億円ということでした。
したがって、今の業績見通しに基づいて考えると、2013年3月31日の現預金残高は、1953-2500=547億円のマイナスになってしまいます。

もちろん、会計上の利益に対して、現金支出を伴わない費用というのがあります。いろいろありますが、中でも大きいのは減価償却費です。
業績見通しの発表資料の中に、2012年度の減価償却費見通しは2000億円、とありますので、その分を考慮すれば、2013年3月31日の現預金残高は、-547+2000=1453億円、と1年間で500億円ほど減る計算になります。
500億円減るとはいえ、1453億円あれば、まだだいぶ余裕があるように見えます。


しかし、2012年3月31日現在、短期借入金、1年内償還予定の社債、コマーシャルペーパーといった項目を全て足すと、5854億円もあります。
これらは、2012年度中に返済しなければならないお金なので、1453-5854=4401億円も不足してしまうことになります。


表にまとめると次のようになります。


2012年3月31日現在の現預金        1953億円
今年度中の赤字による現金流出  △500億円(純損失2500億円、うち非現金支出である減価償却費2000億円を除く)
———————————————————
2013年3月31日現在の現預金        1453億円
短期債務の要返済額                  △5854億円
———————————————————
差引:要借り換え額                       4401億円


もちろん、普通ならば、短期借入金、コマーシャルペーパーといった借金は、いったん返すにしても新たに借り換えれば、実質的には返さなくてよいことになります。


しかし、連日報道されているようにこの状況ですと、金融機関も返済能力については今まで通り、という判断ではいられなくなったかもしれません。

そうすると、まるまる借り換えるということは難しく、やはり一定の金額は返済しなければならないかもしれません。


実は、これまでシャープは土地・建物は担保に入れていませんでした。

2012年3月31日の貸借対照表の注記を見ますと、担保に入れていた資産は有価証券などが194億円、対応する債務は36億円、となっていました。

報道では担保の合計は1500億円とあり、これらに比べるとかなり大がかりな担保と言えます。

今回の担保で幾ら借りることになったかはまだ不明ですが、少なくとも4400億円以上は借り換えないと、来年度末までに資金が枯渇してしまうことになってしまいます。


もちろん、これ以上に事業改革が進み、もしくは業績が回復して状況は改善するかもしれません。上記はあくまでワーストケースということですが、いずれにしてもしばらくは目が離せない状態が続きそうです。

予算の作成と前提条件

12月決算の外資系企業にとって、この時期は次年度予算作成のシーズンです。

外資系企業の予算作成の特徴は、以前にも述べました

多くの外資系企業では、2013年度の予算作成もいよいよ大詰め、といったところでしょうか。

更には第3四半期末を間もなく迎え、年末の見通しも作成しなければならず、てんてこ舞いの財務部門も多いことでしょう。

当事務所は、外資系の予算・見通し作成に経験豊富ですので、こうした繁忙期のリソース不足をご支援しています。ご遠慮なくお問い合わせください。

 

さて、このように予算と見通しを同時に作成しなければならない状況では、バージョン管理と前提条件の管理が重要になります。

本来、来年度予算は今年の見通しの延長線上にあるはずなのですが、予算と見通しを別々に作っていると、往々にして不連続や不整合がおきます。

したがって、予算や見通しの作成の前提として、どのような成長見通しなのか、それに必要な費用はどれくらいなのか、の前提条件をきちんと揃えておく必要があります。

予算作成を社内各部署に依頼して、財務部門でそれらを集計し積上げる場合には、各部署にもその前提条件をきちんと伝えないと、社内でバラバラの予算・見通しになってしまいます。

また、作成の途中で何度か前提条件を変えることもあるでしょう。

その場合にも、変わった前提条件と一緒に数字を集めて積み上げていかないと、やはり不整合が起きてしまいます。

一見、仕事の進め方としては当たり前のようにみえますが、組織が大きく部門も多岐に渡る場合、またトップダウンで前提がたびたび変わる場合には、その管理をよほど気をつけてやらないと、不整合に気が付かないこともあります。

財務担当者は、予算を他部門から受け取ったり積み上げる際には、同時にその前提条件もよく確認しておかなければなりません。

 

財務部門というと、いつもパソコンに向かって数字とにらめっこ、というイメージがありますが、他部門とのコミュニケーションもより大事と言えます。

外資系財務担当者必見:源泉所得税の税率が変わります。

12月決算の外資系企業にとって、この時期は次年度予算作成のシーズンです。外資系企業の予算作成の特徴は、以前に述べました

多くの外資系企業では、2013年度の予算作成で忙しくなってきていることと思います。
国税庁より、震災復興の財源として、源泉所得税の税率が変わるとの案内文書が出ています。
http://www.nta.go.jp/tetsuzuki/shinsei/annai/gensen/fukko/index.htm
適用は平成25年1月1日からとありますので、適用はまだだいぶ先です。
経理処理としては十分留意する必要がありますが、まだ先ですので忘れないようにしておきましょう。


今から注意しなければならないのは、外資系の、特にExpat(海外からの駐在員)がいる場合です。
外資系企業では、幹部社員が親会社などから駐在員として派遣されている場合が多くあります。
こうした駐在員の給与は、ネット保証、すなわち手取り額が契約で決まっていることが多いです。
その場合、本人の手取り額から逆算して、所得税、住民税を計算し、最後に総額としての給与が計算されます。これをグロスアップと言います。


また、日本での住居、車などが会社から支給されている場合には、それらも給与認定されるので、グロスアップの対象になります。
震災復興財源として、源泉所得税の税率が上がると、本人の手取り額は変わらなくても、グロスアップされる給与総額は、上記の理屈により増えることになります。
2013年度予算作成では、payroll expenseが増えることになりますので、充分留意する必要があります。


また、会社法の規定で取締役の報酬総額が決まっていることがあります。
駐在員が社長やその他の取締役に就任している場合には、税率改定によって増加した報酬総額が、規定の額を超えないかどうか注意が必要です。
万一超えてしまうときは、定款の変更や株主総会決議が必要になり、それなりの時間と事務手続きも必要になるので、早めに金額の検証が必要です。

キャッシュ・コンバージョン・サイクルとは-日経新聞深堀り

2012年5月25日の日経新聞の記事に、キャッシュ・コンバージョン・サイクルについての解説がありました。

キャッシュ・コンバージョン・サイクルは、一般に次の式で表されます。

売上債権回転日数+棚卸資産回転日数-仕入債務回転日数

また、売上債権回転日数、棚卸資産回転日数、仕入債務回転日数はそれぞれ、次の式で表されます。

売上債権回転日数=年度末(*1)売上債権÷年間売上高×365日
棚卸資産回転日数=年度末(*1)棚卸資産÷年間売上原価×365日
仕入債務回転日数=年度末(*1)仕入債務÷年間売上原価(*2)×365日

(*1)より正確には、期首と期末を平均したものを使う
(*2)仕入額が分かるときは、売上原価より仕入額の方が望ましい

この式から分かることは要するに、営業をしていて、キャッシュとして最終的に手にできるまでの日数が何日か、ということです。

現金商売でない限りは、モノを売っただけではすぐにキャッシュは手にできません。得意先から代金を回収して初めて、キャッシュになるわけです。売上債権回転日数は、代金がキャッシュになるまで何日掛かるか、を示しています。

反対に、モノを売るためには、仕入れたり、製造したりするわけで、そのためには先にキャッシュでモノや材料などを買わなければなりません。先にキャッシュで支払って買ったり製造したモノは、売るまでは在庫として寝ていることになります。こうした在庫が売れるまでに何日掛かるかを示すのが、棚卸資産回転日数です。

一方、モノや材料を買う時には、キャッシュではなく掛けで買うことが多いので、こちらはキャッシュとして支払うまでに猶予があります。モノを買ってからキャッシュが出ていくまでにどのくらいの猶予期間があるかを示したのが、仕入債務回転日数です。

式から分かるとおり、このキャッシュ・コンバージョン・サイクルの数字が大きいほど、営業によってキャッシュを手にできるまでの期間が長いことになります。

その間のキャッシュを支えるには、借金をするか、資本を調達するしかないわけですが、いずれにしても元手を用意するということで、資金調達に奔走しなければなりません。

したがって、できればキャッシュ・コンバージョン・サイクルを小さくする、すなわちキャッシュをなるべく早くに手にできるようにすることが望ましいわけです。

そのためには、これも式から明らかなとおり、

1. 売上債権回転日数を下げる

2. 棚卸資産回転日数を下げる

3. 仕入債務回転日数を上げる

を行えばよいことになります。

 

1.の売上債権回転日数を下げるには、なるべく早くに得意先から代金を回収することです。

日本企業の多くは、昔の手形取引の名残で、この代金回収期間が長いことが多いです。3か月、4か月掛かることもあります。

ただし、得意先からの回収を早めるといっても、はいそうですかと得意先が簡単に応じてくれるわけではありません。

得意先から見たキャッシュ・コンバージョン・サイクルでは、3.の仕入債務回転日数が下がってしまうわけですから、簡単にokはしてくれないでしょう。

代金の決済期日を早めてでも買いたい、と思わせるような商品の魅力がないと、説得力がありません。

世の中には前金で、という商売もあります。前金をもらえるというのは、売上債権回転日数がマイナス、ということですから、究極のキャッシュ・コンバージョン・サイクルと言えるでしょう。

オンライン・ショッピングの中には、オンラインで注文すると現物が届く前にクレジットカードや振込で先に決済させられてしまうものがあります。これもキャッシュ・コンバージョン・サイクルを下げる一つの例と言えるでしょう。

 

2.の棚卸資産回転日数を下げるには、モノを仕入れてから、もしくは製造してから売るまでの期間をできるだけ短くすることです。トヨタ自動車のカンバン方式が良い例です。

生産ラインや物流ルートで製品や仕掛品などが滞留しないよう、改善を進めることが重要です。

かの有名なビジネス書「ザ・ゴール」もこの辺りのことが書かれています。

 

3.の仕入債務回転日数を上げるには、なるべく仕入先に支払いを待ってもらうことですが、これはなかなか難しいです。自分は売上債権の回収を早めておいて、一方で仕入の代金は待ってくれ、というのはどうも虫が良すぎる話です。

とはいえ、もし自社が大きなバイイングパワーを持ち、価格その他の条件交渉力を持っているならば、仕入先も交渉に応じざるを得ないかもしれません。

 

「キャッシュは命」とはよく言われますが、そのキャッシュを生み出すための道具として「キャッシュ・コンバージョン・サイクル」を指標として採用している会社はまだまだ少ないようです。また、そのための具体策を上に述べたような全社的な取り組みとして進めている会社も多くはありません。

資金繰り=銀行から借りる、という考え方もありますが、社内で現金を生み出す力も検討してみる価値があると言えるでしょう。

日経新聞深堀り:スカイツリーはもうかるか?

2012年5月23日付日本経済新聞の「真相深層」という記事で、「スカイツリーはもうかるか?」と題して、スカイツリー事業の収支分析が紹介されていました。

 

ここでは、もう少し財務分析の視点を加えて、この記事を掘り下げてみたいと思います。

 

東武鉄道のwebサイトには、決算報告資料が掲示されています。
http://www.tobu.co.jp/file/pdf/6238cf491eb4762aa239875255913c88/111110_11.pdf?date=20120312111027

その22ページには、東京スカイツリー事業の簡単な収支が記載されており、それによれば初期投資額は1430億円、開業5年目の営業キャッシュフローは81億円、とあります。

 

日経新聞の記事では、アナリストの分析によると約20年で回収、と紹介されていました。

 

税金を考慮し、税率を約40%とすれば、税引き後の営業キャッシュフローは81億円*(1-40%)=48.6億円となりますので、
1430億円÷48.6億円=約29年となります。

 

将来的に営業キャッシュフローが増える前提であれば、29年より短い20年の回収も可能性はあるだろうと思いますが、筆者の計算では、このようにもう少し長い印象です。

 

さて、このスカイツリー、もうかる事業なのでしょうか。
営業キャッシュフローを初期投資額で割ってみると、81億円÷1430億円=5.66%となります。
税引き後で考えると、48.6億円÷1430億円=3.40%となります。
これが、東京スカイツリーの投資利回り、と見ることができるでしょう。

 

投資利回り3.40%を高いとみるか低いとみるかは色々な議論がありますが、世界的にみると日本企業の投資リターンは低いと言われています。
投資対象として単純な比較はできないとは思いますが、例えば米国国債30年物の2012年5月24日現在の利回りは、2.84%となっています。

 

東京スカイツリー自体はあと30年の供用はするでしょうから、投資そのものの安全性は概ね大丈夫だとしても、今後の営業収入の下落リスク(いずれ飽きられ、老朽化してくると、入場料や賃料を下げざるを得ないこと)を考えると、30年物の米国債よりはちょっと良い、くらいの投資、ということになるかもしれません。

 

また、折しも約1か月前の4月27日、東武鉄道は平成24年3月期の業績を発表しました。

 

これによると、平成24年3月期の自己資本当期純利益率は、6.0%となっています。

http://www.tobu.co.jp/file/pdf/2fe2139c627a4edba3cc3dd3d5236eb8/120427.pdf?date=20120427153059
東京スカイツリー開業による東武鉄道の増益効果がさかんに各紙でも取り上げられ、営業利益100億円積み増し、のように書かれています。確かに、積み増し額はその通りなのですが、裏に初期投資1430億円があることを忘れてはいけません。

 

東京スカイツリー開業前に6.0%あった自己資本当期純利益率は、それよりも低い3.40%の東京スカイツリー事業によって薄められてしまうことになります。

 

したがって、投資ポートフォリオとしては、数字の上では「もうからない」ということになってしまいます。

 

もちろん、営業キャッシュフロー81億円は東京スカイツリーに関連するものだけで、開業による鉄道収入アップや知名度向上といった数字は表れてきません。
お祭りムードに水を差すような取り上げ方になってしまいました。個人的には、技術の粋を集め、新しいランドマークとなったスカイツリーを応援したいと思います。

アサヒグループのカルピス買収報道と情報開示

アサヒグループホールディングスがカルピスを買収するとの報道がありました。

4月27日現在、アサヒグループホールディングスと、カルピスの大株主である味の素は、いずれも検討の事実は認めていますが、報道そのものは自社からのものではないとしています。

http://www.asahigroup-holdings.com/news/2012/0427.html

http://www.ajinomoto.co.jp/

さて、大型買収案件ともなれば、マスコミにとっては一大ニュース、少しでも早くネタをつかんで報道すれば大スクープです。今回も、どこからか情報をつかんでいち早く報道したのでしょう。

これに対して、当事者であるアサヒグループや味の素は、5月3日現在、いまだにその報道を肯定する公式発表を行っていません。この違いはどこから来るのでしょうか。

上場会社が行う合併や買収といった事実に対しては、「金融商品取引法」と「上場規則」の二つの規制を受けます。

上場会社というのは、その株式が取引上に上場されている会社です。株式が上場されていると、株主は取引所を通じて、いつでも株式を自由に売買できます。このとき、誰も知らないような事実を先につかんで、その情報を元に有利な売買ができる「抜け駆け」を許してしまうと、公平な取引ができなくなってしまいます。

このため、「金融商品取引法」や「上場規則」では様々な規制をして、抜け駆けを許さないようにしています。

その一つは、いわゆる「インサイダー取引規制」といわれるもので、誰も知らないような事実を先に知りえる立場にいる人は、その事実を元にして売買を行うと罰せられるようになっています。すなわち、「抜け駆け」をした人を罰する仕組みです。

もう一つは、誰も知らないような事実を「人より先に」知ることができないようにする仕組みです。誰もが同時に、同じ事実を知っていれば、公平な取引になるからです。そこで、そのような事実が発生したときには、すみやかに情報開示を行うことが義務付けられています。

たとえば、東京証券取引所の有価証券上場規程第402条1号には、諸々の事実が生じたときには、直ちにその内容を開示しなければならない、と定められており、合併や買収はその「事実」の一つとなっています。

今回の事例では、「検討の事実」はあるようですが、それでは「すみやかな情報開示」が行われていないのはなぜでしょうか。

もう一つ、注意しなければならないことは、反対に根拠のないことを流してはならない、ということです。

根拠のないことを流して、相場に影響を与えることを「風説の流布」といい、「金融商品取引法」で禁止され、罰則もあります。

おそらくは、買収について調査や分析、交渉などは進めているものの、まだ社内で正式決定には至っていないため、まだ情報開示する段階ではないものと思われます。

マスコミにしてみれば、4月27日に「すっぱ抜き」をしたものの、休み明けの5月1日、2日と平日にも関わらず何の会社発表もなかったので、肩すかしを喰らわされた感じでしょう。

しかし、会社側にしてみれば、正式決定を経ないうちは、詳細な情報開示はできないことになります。

ところで、「会社の正式決定」とは一般には取締役会の決議を指します。最終的な決定承認は株主総会になると思われますが、「会社法」という法律で定められた機関決定の一つが、取締役会決議であるからです。

言い換えると、取締役会決議までは、社内の事情で幾らでも詳細は変わる可能性があります。

したがって、マスコミの取材攻勢に合わせて、いちいち検討の過程を発表し、その内容がたびたび変わってしまうと、それこそ相場に影響を与えるためにわざとそうしている=相場操縦しているのではないか、ということになってしまいます。

会社からの発表が慎重で型にはまったような表現しかしていないのは、そこに理由があります。

筆者もかつて、M&Aを手掛けたことがありました。

会社からの報道発表をXデーと定め、取引所への開示もそれに合わせて行うことになっていました。

Xデーまでは、買収先の会社はコードネームで呼ばれ、情報に接する人もごくごく限られていました。

それでも、時々Yahoo!掲示板をみると、買収をにおわせる書き込みがあったり、株価がじわじわと上がってきたりして、一体どこから情報がもれているのだろう、と疑問に思ったものです。

外資系経理の生活(その9)-勘定科目体系の最近の動向

外資系経理の生活(その8)-ボーナスから続く

簿記の勉強を始めると、最初に悩まされるのが、勘定科目を覚えることです。

何々の費用は◯◯費、と沢山の勘定科目を覚えなければならないのか、と憂鬱になります。

実際は、経理の仕事を始めると、何々の費用は◯◯費、というのは規定で決まっていますし、前に同じような取引があれば、それを参考にしますので、あまり難しいことではありません。

さて、外資系企業の経理というと、今度はそれらの勘定科目が英語になるので、またもう一段難易度が増すように感じられますが、 外資系であってもやはり親会社が定めた規定があるので、それに従っていればそれほど難しいことではありません。

さて、最近ではどこの国の企業もグループ企業の一体化、迅速な経営情報の把握、といった目的から、統一した会計処理を求められるようになりました。勘定科目もその一つです。

親会社への報告は、「連結パッケージ」と呼ばれる、所定の報告様式に記入して送ることが多いです。

以前は、Excelの所定の書類、損益計算書、貸借対照表といった計算書を送る方式になっていましたが、単なる決算書の作成以外のさまざまな経営情報を把握する目的から、内容も細かくなり、また様々な定性情報も求められるようになっています。

勘定科目も多分に漏れず、親会社から詳細な指示(instruction)が送られてきます。最近、幾つかのお客様をお手伝いしていて気づくのは、詳細な勘定科目の使い方まで親会社から指示が来るようになったことです。

一方、勘定科目というのは、その会社の経営を表す鏡でもあることです。会社によって活動の仕方は違いますし、したがって会社によって重視する勘定科目もかなり違います。

これは、同じ企業グループ内であっても、所在する国や、事業分野によってやはり違います。

しかし、最近の動向としては、親会社から与えられる指示が事細かな一方、指示は統一的で例外を認めないことが多くなってきています。

勘定科目を統一することは、親会社の連結決算の統合作業を効率よく進めるだけでなく、連結経営の上でも業績把握を容易にするメリットがあるのですが、一方でローカルの細かな違いを反映できないこともあります。

IFRS導入に際しては、グループ内で勘定科目の統一を行いますが、こうした細かな違いを反映できる工夫も必要です。

為替予約の目的とは

一時の円高もだいぶ沈静化してきたようです。輸出企業にとっては、ようやく一息つけた、というところでしょうか。
しかし、この先円安傾向が続くのか、再び円高に戻ってしまうのかは分かりません。財務担当者にとっては、利益計画や資金計画が立てづらいところです。
例えば、輸入企業が10,000ドルの商品を3ヶ月後に支払の約束で仕入れたとします。 日本国内の得意先には、80万円で売れるとしましょう。
そうすると、3ヶ月後のレートが1ドル75円ならば、仕入原価が75円*10,000円=75万円となりますから、5万円の儲けがでることになります。
しかし、反対に1ドル85円になってしまうと、仕入原価は85万円となり、5万円の損になってしまいます。
3か月後の為替が幾らになるかは分かりません。利益が出るか損になるか、受け取る資金が幾らになるか見込みが立たないと、利益計画や資金計画も立ちません。
これを防ぐ方法に、為替予約があります。

為替予約とは、銀行などと契約して将来の外貨建の決済のレートを今決めてしまうことです。

たとえば、3か月後の決済レートが今78円で予約できるとしましょう。ここで予約すれば、3か月後の決済代金は78円*10,000円=78万円となり、2万円の儲けが確実に出ることになります。
もしかしたら78円よりも円高に進み、もっと儲かるのかもしれませんが、藪の2羽より手中の1羽、確実に2万円の儲けが手にできるならばその方が良いかもしれません。
それなら、60円で予約すれば、相当に儲かるはずですが、そうは上手くいきません。為替予約レートは、好き勝手に設定できるものではなく、期間によってある程度決まってしまいます。一般には、現在の実勢レートに金利をプラスしたもの、と理論的には考えられています。
結局のところ、為替予約についても、将来のレートは固定できるものの、幾らで固定するか、ということについては、今のレートの変動の影響を受けてしまいます。
そこで、どのようなタイミングで為替予約をすべきか、という疑問が生じます。
これについては、為替予約の本来の目的を考えれば、外貨建ての取引が生じたら、すぐに予約するのが正しい、ということになります。
先に述べたように、為替予約の本来の目的は、将来の損益を今確定させてしまうこと、つまり将来の為替の変動を今固定してしまうことです。言い換えると「リスクヘッジ」ということです。
同じ為替予約をするにしても、なるべくなら有利なレートに進んだ時に予約したい、と思うのは人情ですが、予約を先延ばしすればするほど、確かに有利なレートになる可能性もあれば、反対に不利なレートに進む可能性も出てきます。つまり、不確実性が増えてしまうわけです。
取引のたびに、「幾らあたりが最も有利なレートか」「もう少し様子を見ようか」などと”相場読み”を始めますと、不確実性が増え、もしかするとせっかくの予約の機会を逃してしまうこともありますので、外国為替の取引が発生したら、「何時何時までに予約する」といったルールをあらかじめ決め、後はルールに従って着実に実行することが必要です。
為替予約をした後で、予約レートよりも実勢レートが有利に進んだとき、「予約しないでいればもっと得をしたじゃないか」と批判する人がいます。
相場というものは、振り返れば何とでも言えるものですが、では将来の相場は読めるのか、といえば、完璧に将来の相場を読める人などいません。
そのような批判については、「もしかしたら反対方向に為替が進んで、大損をしていたかもしれないのですよ」「そういう不確実性を取り除くのが為替予約の本来の目的です」というようにしています。
なお、為替予約の実行の仕方によっては、決算時の処理に様々な影響を与えることがあります。
また、数年前の大量の為替予約を巡って、現在多額の含み損を抱えている例もあります。この点についてはまた別の機会に解説します。

宝くじは買ってはいけない?

年末ジャンボ宝くじの季節になりました。テレビのCMも盛んに行われています。「当たったら何を買おうか」と胸算用されている方も多いことでしょう。

筆者は宝くじを絶対に買いません。なぜでしょうか。

投資であれギャンブルであれ、その動機というのは、一定の投資の元にリターンを期待するからです。
リターンの額が大きければ大きいほど、良い投資ということになりますが、将来のことは誰にも分かりません。
リターンがあることもあれば、ないこともあります。
投資額を失うこともあります。つまり、宝くじの場合は当たらなかったということになります。

どの程度のリターンが得られるかは、一定の確率によっています。
銀行預金や国債であれば、わずかな利率とはいえ、ほぼ確実にリターンが得られます。つまりリターンが得られる確率は100%に近いでしょう。
株式であれば、長期的にはその会社の将来の収益性の期待によって決まります。
ただし、毎日の株価といったものは、様々な思惑や評判によって乱高下します。
昨今、市場をにぎわすスキャンダルのようなものがあれば、もちろん株価は大暴落しますが、中長期的にその確率をどのように読むかが投資の成功の秘訣と言えるでしょう。
かの大富豪ウォーレン・バフェットは、長期的な投資の視野に優れていると言われています。
この確率の読みが優れているのでしょう。

さて、問題の宝くじはどうでしょうか。

一般に、宝くじの収益還元率は5割以下と言われています。つまり、100円で宝くじを買って、返ってくる当せん金は50円以下、ということです。
実は、「当せん金付証票法」という法律があり、そこでも収益還元率は原則として5割以下、とされています。

「そんな夢のない話を」
「買わなければ当たらないのだから、買い続ければいつかは当たる」
と主張する人もいるでしょう。

統計学に「大数の法則」というものがあります。
発生する条件が一定であれば、母集団が大きければ大きいほど、発生確率は最初に予定された確率に収れんしていく、というものです。

少し難しいことを書きましたが、簡単に言うとこういうことです。
サイコロをランダムに振ります。出た目は1だったり、6だったりするでしょう。
珍しいことですが、10回続けて6が出るかもしれません。
しかし、1千回、1万回、と沢山振っていると、6が出る確率はだんだん1/6に近づいていきます。
もし1/6にならなかったら、そのサイコロは重心が狂っているか、形がゆがんでいると疑ったほうがいいでしょう。

さて、宝くじの場合は、その性質上、抽選方法が厳格に行われています。
衆人監視の元で、回転する円盤に矢を放ちます。
その方法にインチキがあっては大変な騒ぎになりますから、恣意性が入らないように、意図的な操作が行われないように抽選を行います。
この「恣意性が入らない」「意図的な操作が行われない」ことが実はクセモノなのです。
恣意性なく、公平に、偶然に起因するように行えば行うほど、大数の法則により宝くじの当選は当初予定された確率に近くなります。
つまり、5割以下という収益還元率に近づいていくわけです。

初めて1枚買ったら1億円当たった!という人もいるかもしれません。
確率ですから、そういうこともありえます。
しかし、たくさん買えば買うほど、大数の法則によって当初の確率に近づいていきます。
もう何十年も、何枚も買い続けている、という人は、今すぐ買うのを止めたほうがいいかもしれません。

競馬は、馬券発売が締め切られると配当予想が表示されます。
買った人たちの勝ち馬の予想により、ある程度の予想収益還元率が表示されているわけです。
さらに、当日のダートの状態や馬の調子、騎手のリードの仕方などによって、さらに勝率は変わってきます。
この点は、サイコロや宝くじのように、予め確率が決まっていない部分ですので、大数の法則が当てはまりません。

一見、競馬より健全なギャンブルに見える宝くじですが、宝くじを買うよりは、競馬に掛けた方が財務的に健全と言えるかもしれません。
もちろん、競馬を積極的に勧めるものではありません。ギャンブルはほどほどに。

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