Archive for 5月 2012

キャッシュ・コンバージョン・サイクルとは-日経新聞深堀り

2012年5月25日の日経新聞の記事に、キャッシュ・コンバージョン・サイクルについての解説がありました。

キャッシュ・コンバージョン・サイクルは、一般に次の式で表されます。

売上債権回転日数+棚卸資産回転日数-仕入債務回転日数

また、売上債権回転日数、棚卸資産回転日数、仕入債務回転日数はそれぞれ、次の式で表されます。

売上債権回転日数=年度末(*1)売上債権÷年間売上高×365日
棚卸資産回転日数=年度末(*1)棚卸資産÷年間売上原価×365日
仕入債務回転日数=年度末(*1)仕入債務÷年間売上原価(*2)×365日

(*1)より正確には、期首と期末を平均したものを使う
(*2)仕入額が分かるときは、売上原価より仕入額の方が望ましい

この式から分かることは要するに、営業をしていて、キャッシュとして最終的に手にできるまでの日数が何日か、ということです。

現金商売でない限りは、モノを売っただけではすぐにキャッシュは手にできません。得意先から代金を回収して初めて、キャッシュになるわけです。売上債権回転日数は、代金がキャッシュになるまで何日掛かるか、を示しています。

反対に、モノを売るためには、仕入れたり、製造したりするわけで、そのためには先にキャッシュでモノや材料などを買わなければなりません。先にキャッシュで支払って買ったり製造したモノは、売るまでは在庫として寝ていることになります。こうした在庫が売れるまでに何日掛かるかを示すのが、棚卸資産回転日数です。

一方、モノや材料を買う時には、キャッシュではなく掛けで買うことが多いので、こちらはキャッシュとして支払うまでに猶予があります。モノを買ってからキャッシュが出ていくまでにどのくらいの猶予期間があるかを示したのが、仕入債務回転日数です。

式から分かるとおり、このキャッシュ・コンバージョン・サイクルの数字が大きいほど、営業によってキャッシュを手にできるまでの期間が長いことになります。

その間のキャッシュを支えるには、借金をするか、資本を調達するしかないわけですが、いずれにしても元手を用意するということで、資金調達に奔走しなければなりません。

したがって、できればキャッシュ・コンバージョン・サイクルを小さくする、すなわちキャッシュをなるべく早くに手にできるようにすることが望ましいわけです。

そのためには、これも式から明らかなとおり、

1. 売上債権回転日数を下げる

2. 棚卸資産回転日数を下げる

3. 仕入債務回転日数を上げる

を行えばよいことになります。

 

1.の売上債権回転日数を下げるには、なるべく早くに得意先から代金を回収することです。

日本企業の多くは、昔の手形取引の名残で、この代金回収期間が長いことが多いです。3か月、4か月掛かることもあります。

ただし、得意先からの回収を早めるといっても、はいそうですかと得意先が簡単に応じてくれるわけではありません。

得意先から見たキャッシュ・コンバージョン・サイクルでは、3.の仕入債務回転日数が下がってしまうわけですから、簡単にokはしてくれないでしょう。

代金の決済期日を早めてでも買いたい、と思わせるような商品の魅力がないと、説得力がありません。

世の中には前金で、という商売もあります。前金をもらえるというのは、売上債権回転日数がマイナス、ということですから、究極のキャッシュ・コンバージョン・サイクルと言えるでしょう。

オンライン・ショッピングの中には、オンラインで注文すると現物が届く前にクレジットカードや振込で先に決済させられてしまうものがあります。これもキャッシュ・コンバージョン・サイクルを下げる一つの例と言えるでしょう。

 

2.の棚卸資産回転日数を下げるには、モノを仕入れてから、もしくは製造してから売るまでの期間をできるだけ短くすることです。トヨタ自動車のカンバン方式が良い例です。

生産ラインや物流ルートで製品や仕掛品などが滞留しないよう、改善を進めることが重要です。

かの有名なビジネス書「ザ・ゴール」もこの辺りのことが書かれています。

 

3.の仕入債務回転日数を上げるには、なるべく仕入先に支払いを待ってもらうことですが、これはなかなか難しいです。自分は売上債権の回収を早めておいて、一方で仕入の代金は待ってくれ、というのはどうも虫が良すぎる話です。

とはいえ、もし自社が大きなバイイングパワーを持ち、価格その他の条件交渉力を持っているならば、仕入先も交渉に応じざるを得ないかもしれません。

 

「キャッシュは命」とはよく言われますが、そのキャッシュを生み出すための道具として「キャッシュ・コンバージョン・サイクル」を指標として採用している会社はまだまだ少ないようです。また、そのための具体策を上に述べたような全社的な取り組みとして進めている会社も多くはありません。

資金繰り=銀行から借りる、という考え方もありますが、社内で現金を生み出す力も検討してみる価値があると言えるでしょう。

日経新聞深堀り:スカイツリーはもうかるか?

2012年5月23日付日本経済新聞の「真相深層」という記事で、「スカイツリーはもうかるか?」と題して、スカイツリー事業の収支分析が紹介されていました。

 

ここでは、もう少し財務分析の視点を加えて、この記事を掘り下げてみたいと思います。

 

東武鉄道のwebサイトには、決算報告資料が掲示されています。
http://www.tobu.co.jp/file/pdf/6238cf491eb4762aa239875255913c88/111110_11.pdf?date=20120312111027

その22ページには、東京スカイツリー事業の簡単な収支が記載されており、それによれば初期投資額は1430億円、開業5年目の営業キャッシュフローは81億円、とあります。

 

日経新聞の記事では、アナリストの分析によると約20年で回収、と紹介されていました。

 

税金を考慮し、税率を約40%とすれば、税引き後の営業キャッシュフローは81億円*(1-40%)=48.6億円となりますので、
1430億円÷48.6億円=約29年となります。

 

将来的に営業キャッシュフローが増える前提であれば、29年より短い20年の回収も可能性はあるだろうと思いますが、筆者の計算では、このようにもう少し長い印象です。

 

さて、このスカイツリー、もうかる事業なのでしょうか。
営業キャッシュフローを初期投資額で割ってみると、81億円÷1430億円=5.66%となります。
税引き後で考えると、48.6億円÷1430億円=3.40%となります。
これが、東京スカイツリーの投資利回り、と見ることができるでしょう。

 

投資利回り3.40%を高いとみるか低いとみるかは色々な議論がありますが、世界的にみると日本企業の投資リターンは低いと言われています。
投資対象として単純な比較はできないとは思いますが、例えば米国国債30年物の2012年5月24日現在の利回りは、2.84%となっています。

 

東京スカイツリー自体はあと30年の供用はするでしょうから、投資そのものの安全性は概ね大丈夫だとしても、今後の営業収入の下落リスク(いずれ飽きられ、老朽化してくると、入場料や賃料を下げざるを得ないこと)を考えると、30年物の米国債よりはちょっと良い、くらいの投資、ということになるかもしれません。

 

また、折しも約1か月前の4月27日、東武鉄道は平成24年3月期の業績を発表しました。

 

これによると、平成24年3月期の自己資本当期純利益率は、6.0%となっています。

http://www.tobu.co.jp/file/pdf/2fe2139c627a4edba3cc3dd3d5236eb8/120427.pdf?date=20120427153059
東京スカイツリー開業による東武鉄道の増益効果がさかんに各紙でも取り上げられ、営業利益100億円積み増し、のように書かれています。確かに、積み増し額はその通りなのですが、裏に初期投資1430億円があることを忘れてはいけません。

 

東京スカイツリー開業前に6.0%あった自己資本当期純利益率は、それよりも低い3.40%の東京スカイツリー事業によって薄められてしまうことになります。

 

したがって、投資ポートフォリオとしては、数字の上では「もうからない」ということになってしまいます。

 

もちろん、営業キャッシュフロー81億円は東京スカイツリーに関連するものだけで、開業による鉄道収入アップや知名度向上といった数字は表れてきません。
お祭りムードに水を差すような取り上げ方になってしまいました。個人的には、技術の粋を集め、新しいランドマークとなったスカイツリーを応援したいと思います。

年金はどうして企業の業績に影響を与えるのか(その2)-確定拠出年金

前回は、企業の決算に大きな影響を与える可能性のある確定給付年金と年金会計の関係について説明しました。
今回は、その影響を回避する確定拠出年金についてご説明します。

確定拠出年金は、その名のとおり、企業からの「拠出額」が「確定」している年金です。


企業からの拠出額が確定しているので、その後の運用や、給付額の確定については企業は責任を負いません。
この点が、「給付額」が「確定」している確定給付年金と全く異なるところです。
また、企業の責任は年金の拠出に限られていることから、年金会計の上でも、拠出した時点で費用として計上するだけで済み、決算への影響が少ないという特徴があります。

このため、外資系企業では、年金会計から生じる業績への影響懸念から、確定給付年金をやめて確定拠出年金へ移行する企業も多くありました。

企業会計の上からはメリットのある確定拠出年金ですが、年金資産の運用上のリスクや、運用成績そのものの良しあしのリスクが消えてしまったわけではありません。

運用成績が良くなければ、それは年金支給額の減額、という形で受給者に跳ね返ってきます。

したがって、どのような資産運用をするかは、年金受給者が自分で決めることになっています。この点が、運用自体は全て年金基金に任せる確定給付年金と異なるところです。
したがって、年金受給者自身が投資運用に高い関心を持ち、責任を持って運用することが求められます。

我が国では、「お金に関すること」に高い関心を持つことはどちらかというと「守銭奴」「金に汚い」とされ、否定的なイメージがありました。
その一方で、任せきりだった年金運用では、AIJのような事件が起きたり、年金会計によって企業そのものの業績に大きな影響を与えるケースも出てきています。
自分の年金は自分で考える確定拠出年金は、必然的に「お金に対する関心」を高めざるをえない効果も含まれているようです。

また、確定拠出年金は導入されてまだ年数もあまり経たないことから、税務上のメリットもあまり大きくありません。

閣僚会議の「成長ファイナンス推進会議」における、確定拠出年金を拡充する方針も、もう少し確定拠出年金の制度上の魅力を高めて、確定給付年金からの移行を進めようという意図が感じられます。

年金はどうして企業の業績に影響を与えるのか(その1)-確定給付年金

年金はどうして企業の業績に影響を与えるのか。年金会計の仕組みを簡単に解説します。

2012年5月8日付日経新聞に、政府は閣僚会議の「成長ファイナンス推進会議」において、確定拠出年金を拡充する方針を打ち出したとありました。

先のAIJ事件における企業年金の消失問題など、年金に関する話題は途切れることがありません。

年金は企業の業績も揺るがす大問題と言われますが、一体何が問題なのでしょうか。

 

企業が支払う年金というのは、いわば退職金の後払いのようなものです。
退職金制度のある会社では、定年退職を迎えると、退職金が支払われますが、これを一度に受け取るのではなく、退職後の一定の期間、受け取るようにすることができます。これが企業年金と言われるものです。
この受け取り方には、確定給付型と確定拠出型の二つの種類があります。

確定給付型というのは、ずっと昔から採用されていた方法で、多くの企業がこれに基づいて年金を支給しています。
年金が毎月決まった金額受け取れる、すなわち「給付額」が「確定」していることから、確定給付年金と言われます。

もともと年金は退職金の分割後払いなのだから、毎月決まった金額を受け取れて当り前だろう、と思いますが、ことはそう簡単ではありません。
後払いされる年金は、企業が預かるのではなく、年金基金といういわばファンドが預かっています。
企業は決まった金額を年金基金に支払い(これを拠出といいます)、基金はそれを元手に運用します。そして、運用で得た投資利益も含めた金額を受給者(元従業員)に年金として支給します。
この支給額が「確定給付額」となっているわけです。


支給額が確定しているということは、その元手になる投資運用もある程度確定している必要があるわけですが、残念ながら昨今の投資環境の悪化から、予定した投資運用ができていない基金が大半と言われています。
そうなると、給付額は一定ですから、基金は過去から積み立てた余裕も取り崩して年金を支払わなければならないことになります。

AIJの事件は、投資運用が低迷して、予定した運用が行えなくなった基金が、一発逆転を狙って運用成績の良かったAIJに乗り換えたことから発生しています。
実際には予定していた運用が行えていなかったどころか、元本を大幅に下回ってしまったわけですから、預かり資産も大幅に小さくなってしまった年金基金も数多くあります。

いずれは年金を支払わなければならない、かつその給付額は一定しているわけですから、資産が大幅に小さくなっているといずれ基金は破たんします。
このとき生じた年金基金の穴埋めは、まず一義的にはその給付元の企業が行わなければならないことになっています。

この穴埋めが突然やってくると、企業の業績は大きくぶれて、大きな影響を与えます。そこで、毎決算期ごとに、企業年金の財政状態を調べ、穴埋めしなければならないとしたら幾ら必要か、を算定し、それを一定の基準で決算に反映させなければならないことになっています。これが、「年金会計」と呼ばれるものです。
ただ、この年金会計は、全ての企業に義務付けられているものではなく、多くは上場会社や大企業に限られます。
中小企業の多くはこの年金会計を採用しておらず、したがってあるとき年金基金から多額の穴埋めを依頼され、たちまち業績が悪化してしまう危険を抱える会社も少なくありません。

このような影響を回避するために導入されたのが確定拠出年金です。
これについては、次回ご紹介します。

アサヒグループのカルピス買収報道と情報開示

アサヒグループホールディングスがカルピスを買収するとの報道がありました。

4月27日現在、アサヒグループホールディングスと、カルピスの大株主である味の素は、いずれも検討の事実は認めていますが、報道そのものは自社からのものではないとしています。

http://www.asahigroup-holdings.com/news/2012/0427.html

http://www.ajinomoto.co.jp/

さて、大型買収案件ともなれば、マスコミにとっては一大ニュース、少しでも早くネタをつかんで報道すれば大スクープです。今回も、どこからか情報をつかんでいち早く報道したのでしょう。

これに対して、当事者であるアサヒグループや味の素は、5月3日現在、いまだにその報道を肯定する公式発表を行っていません。この違いはどこから来るのでしょうか。

上場会社が行う合併や買収といった事実に対しては、「金融商品取引法」と「上場規則」の二つの規制を受けます。

上場会社というのは、その株式が取引上に上場されている会社です。株式が上場されていると、株主は取引所を通じて、いつでも株式を自由に売買できます。このとき、誰も知らないような事実を先につかんで、その情報を元に有利な売買ができる「抜け駆け」を許してしまうと、公平な取引ができなくなってしまいます。

このため、「金融商品取引法」や「上場規則」では様々な規制をして、抜け駆けを許さないようにしています。

その一つは、いわゆる「インサイダー取引規制」といわれるもので、誰も知らないような事実を先に知りえる立場にいる人は、その事実を元にして売買を行うと罰せられるようになっています。すなわち、「抜け駆け」をした人を罰する仕組みです。

もう一つは、誰も知らないような事実を「人より先に」知ることができないようにする仕組みです。誰もが同時に、同じ事実を知っていれば、公平な取引になるからです。そこで、そのような事実が発生したときには、すみやかに情報開示を行うことが義務付けられています。

たとえば、東京証券取引所の有価証券上場規程第402条1号には、諸々の事実が生じたときには、直ちにその内容を開示しなければならない、と定められており、合併や買収はその「事実」の一つとなっています。

今回の事例では、「検討の事実」はあるようですが、それでは「すみやかな情報開示」が行われていないのはなぜでしょうか。

もう一つ、注意しなければならないことは、反対に根拠のないことを流してはならない、ということです。

根拠のないことを流して、相場に影響を与えることを「風説の流布」といい、「金融商品取引法」で禁止され、罰則もあります。

おそらくは、買収について調査や分析、交渉などは進めているものの、まだ社内で正式決定には至っていないため、まだ情報開示する段階ではないものと思われます。

マスコミにしてみれば、4月27日に「すっぱ抜き」をしたものの、休み明けの5月1日、2日と平日にも関わらず何の会社発表もなかったので、肩すかしを喰らわされた感じでしょう。

しかし、会社側にしてみれば、正式決定を経ないうちは、詳細な情報開示はできないことになります。

ところで、「会社の正式決定」とは一般には取締役会の決議を指します。最終的な決定承認は株主総会になると思われますが、「会社法」という法律で定められた機関決定の一つが、取締役会決議であるからです。

言い換えると、取締役会決議までは、社内の事情で幾らでも詳細は変わる可能性があります。

したがって、マスコミの取材攻勢に合わせて、いちいち検討の過程を発表し、その内容がたびたび変わってしまうと、それこそ相場に影響を与えるためにわざとそうしている=相場操縦しているのではないか、ということになってしまいます。

会社からの発表が慎重で型にはまったような表現しかしていないのは、そこに理由があります。

筆者もかつて、M&Aを手掛けたことがありました。

会社からの報道発表をXデーと定め、取引所への開示もそれに合わせて行うことになっていました。

Xデーまでは、買収先の会社はコードネームで呼ばれ、情報に接する人もごくごく限られていました。

それでも、時々Yahoo!掲示板をみると、買収をにおわせる書き込みがあったり、株価がじわじわと上がってきたりして、一体どこから情報がもれているのだろう、と疑問に思ったものです。

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