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日本の労働生産性は低いのかー続き

前回では、労働生産性を単純に算数で分解すると、

労働生産性=就業者一人当たり雇用者報酬
+就業者一人当たり営業余剰
+就業者一人当たり純間接税
+就業者一人当たり固定資産減耗

となり、就業者一人当たり雇用者報酬と就業者一人当たり営業余剰を増やすことで労働生産性は上がることを述べました。

日本の労働生産性が低いのは、過剰サービスが原因であるといった指摘をよく目にします。

しかし、上記の算式をよく見てみると、過剰サービスをやめたからといって、算式に直接影響するわけではなさそうです。
また、生産効率の改善も算式に直接影響しません。もう少し詳しく見てみましょう。

過剰サービスを止めることで就業者一人当たり雇用者報酬と就業者一人当たり営業余剰が上がるなら止めた方が良いのでしょう。
たとえば、過剰サービスをするために余計に人を張り付けておかなければならないのなら、その分の人を減らせば就業者一人当たり営業余剰は上がります。
ただし、人を減らしてしまうと、その人は他に雇用がない限り雇用者報酬を失ってしまいますから、日本経済全体では就業者一人当たり雇用者報酬が一人分減ることになります。
また、そのサービスを減らしたことで、もしお客様がサービスが低下したと思って利用しなくなると、売上が下がり、すなわち就業者一人当たり営業余剰も下がってしまうことになります。
したがって、「過剰サービス」と思われているサービスは、お客様が「過剰」と思っているかがポイントになります。そのサービスは値段のうち、と思っている場合には、そのサービスを止めると顧客離れが起きないかどうかの分析が必要です。飲食店の水は、海外では有料が当たり前ですが、日本では値段のうち、と思われているのが一般的ですから、よほど高級店のミネラルウォーターなどではない限り、水の提供を止めたりすると顧客離れになってしまうでしょう。

反対に、サービスは必要不可欠で、止められると困る、止められるくらいならお金を追加で払ってでも続けてほしい、とお客様が思っている場合には、止めるのではなく適正な料金を頂くべきなのです。そうすることで、売上高が増え、就業者一人当たり営業余剰は上がります。
最近、ヤマト運輸が値上げに踏み切りましたが、今まで通りの宅配サービスを続けるためには、そのコストに相当する料金を頂くべきだという判断が働いています。
日本の労働生産性を高めるためには、正しい判断と言えるでしょう。
「過剰サービス」と思われているサービスを見直すのはもちろんですが、本来は必要性をお客様に理解いただいて、場合によっては適切な料金を頂く、ということも必要であろうと思います。

次回は、この「過剰サービス」について更に踏み込んで分析していきたいと思います。

日本の労働生産性は低いのか

日本の労働生産性は低いのか-巷では昨今よく聞かれるフレーズです。
日本の労働生産性は本当に低いのでしょうか。また、低いとしたらそれを上げるにはどうしたらよいのでしょうか。

公益社団法人日本生産性本部が毎年公表している「労働生産性の国際比較」によると、2015年の日本の労働生産性はOECD加盟国35か国の中で第22位、74,315ドル(783万円)ということでした。
米国は第3位で121,187ドル、日本人が「ラテン系」と称して失礼ながら生産性が低いイメージがあるスペインも日本よりは上位の16位で89,704ドルですから、確かに日本人の労働生産性は先進国の中でみても低いと言えそうです。

ところで、ここでいう「労働生産性」とは何でしょうか。日本生産性本部では次のように定義しています。
労働生産性=GDP(国内総生産)÷就業者数(または就業者数 労働時間)
さらに、国ごとの比較のために為替レートの調整を購買力平価(PPP)により換算しているということです。

日本のGDPはもちろん、日本政府が計算しているわけですが、内閣府ではGDPは国連の定める国際基準(SNA)に準拠しつつ、統計法 に基づく基幹統計として、GDPをはじめとした国民経済計算を行っている、としています(内閣府-「国民経済計算とは」)。
その計算方法はさらに詳しく内閣府が公表しており、
GDP=雇用者報酬+営業余剰+純間接税+固定資本減耗
として計算されます。
※純間接税は生産・輸入品に課される税-補助金

したがって、労働生産性を単純に算数で分解すると、

労働生産性=就業者一人当たり雇用者報酬
+就業者一人当たり営業余剰
+就業者一人当たり純間接税
+就業者一人当たり固定資産減耗

となります。
純間接税と固定資産減耗は、私たちの直接の生活から増やしたりすることはできませんから、就業者一人当たり雇用者報酬と就業者一人当たり営業余剰を増やすことで労働生産性は上がることが分かります。

日本の労働生産性が低い議論はよく目にしますが、こうやって数式に分解して分析している例はあまりないように思います。
次回は、この算式から読み解く、筆者なりの分析と労働生産性向上の提言をしたいと思います。

「CFO経営」が会社を蝕む?

2012年10月22日の日本経済新聞で、「CFO経営」が会社を蝕む、という記事がありました。

記事では、CFOが悪いわけではない、と断った上で、 リスクを管理するCFOの権限が強くなった結果、「投資はキャッシュフローの範囲内で」「手元資金は厚く」、とリスクを避ける経営によって、多くの企業が成長の芽を摘んでしまい縮小均衡に陥った、とあります。

「リスクを避ける経営によって、多くの企業が成長の芽を摘んでしまい縮小均衡に陥った」という現象は、残念ながら事実でしょう。もともと日本企業の多くがリスクを避ける傾向はありましたが、バブル崩壊後は、「羹に懲りて膾を吹く」的な行動も多かったように思います。

一方、これが権限が増大したCFOがもたらした結果である、とすると二つの点で大きな課題を残します。

一つ目は、CFOの資質の問題です。

「CFOは会社の金庫番」という表現があります。

間違ってはいないのですが、それはCFOの全てではなく、一面にしか過ぎません。

無駄遣いを防ぎ、リスクをコントロールすることはもちろん重要です。

しかし、CFOには、もう一つ重要な役割があります。

何が企業の成長をもたらすかを見極め、そこには適切な経営資源を配分する、ということです。

中にはリスクもありますが、本来、リスクのないところにはリターンもないので、明日への成長のためには、一定のリスクを取る必要があります。

「投資はキャッシュフローの範囲内で」「手元資金は厚く」などと、コーポレートファイナンスの教科書に書かれていることを金科玉条のように当てはめてしまったCFOがいたとすると、それはもう一つの重要な役割を果たしておらず、将来の機会を失ってしまった責任があります。

バブル崩壊後、全ての日本企業が一様に駄目だったわけではなく、大きく成長した企業もあることをみれば、この点は明らかです。

二つ目の課題は、CEOの責任とガバナンスの問題です。

いかにCFOの権限が強かったとしても、CFOが会社を動かしている訳ではありません。

会社の進むべき方向を決め、その通りに会社を導くのは本来CEOの役割です。

CFOがリスクを取らず、適切な分野への投資を怠り、成長機会を失っているとすれば、そうならないようにさせる責任がCEOにあります。

「財務のことは良く分からないからCFOに任せる」では、会社を正しい方向に導くことは出来ません。従って、CEOも、少なくともCFOが言っていることが正しいのか、会社の進むべき方向と合っているのか、を見極めることが出来るだけの能力=財務リテラシーを身につけていなければなりません。

シャープのキャッシュフローとは

※本記事は、発表された資料のみに基づく推測であり、その実現を保証するものではありません。実際の業績等は様々な要因等により大きく異なる可能性があります。


2012年9月6日、シャープが本社や工場などの土地・建物に対して担保を設定した、という報道がありました


シャープは8月28日に希望退職を発表するなど、リストラを進めている最中ですが、資金繰りについてはここが正念場、といったところでしょうか。


さて、このように報道からすると、なかなか大変な状況にあるようですが、実際のところはどうなのでしょうか。
細部まではもちろん窺い知ることができませんが、これまで公表された資料を基に、シャープの資金繰りを推測してみることにします。


シャープは2012年8月2日に、2012年度(2013年3月31日)の年間業績見通しの下方修正を発表しました
それによると、2012年度の通年の業績は、当初の見通し純利益300億円から一転して、純損失2500億円ということです。
一方、公表された連結財務諸表によると、2012年3月31日現在、現預金残高は1953億円ということでした。
したがって、今の業績見通しに基づいて考えると、2013年3月31日の現預金残高は、1953-2500=547億円のマイナスになってしまいます。

もちろん、会計上の利益に対して、現金支出を伴わない費用というのがあります。いろいろありますが、中でも大きいのは減価償却費です。
業績見通しの発表資料の中に、2012年度の減価償却費見通しは2000億円、とありますので、その分を考慮すれば、2013年3月31日の現預金残高は、-547+2000=1453億円、と1年間で500億円ほど減る計算になります。
500億円減るとはいえ、1453億円あれば、まだだいぶ余裕があるように見えます。


しかし、2012年3月31日現在、短期借入金、1年内償還予定の社債、コマーシャルペーパーといった項目を全て足すと、5854億円もあります。
これらは、2012年度中に返済しなければならないお金なので、1453-5854=4401億円も不足してしまうことになります。


表にまとめると次のようになります。


2012年3月31日現在の現預金        1953億円
今年度中の赤字による現金流出  △500億円(純損失2500億円、うち非現金支出である減価償却費2000億円を除く)
———————————————————
2013年3月31日現在の現預金        1453億円
短期債務の要返済額                  △5854億円
———————————————————
差引:要借り換え額                       4401億円


もちろん、普通ならば、短期借入金、コマーシャルペーパーといった借金は、いったん返すにしても新たに借り換えれば、実質的には返さなくてよいことになります。


しかし、連日報道されているようにこの状況ですと、金融機関も返済能力については今まで通り、という判断ではいられなくなったかもしれません。

そうすると、まるまる借り換えるということは難しく、やはり一定の金額は返済しなければならないかもしれません。


実は、これまでシャープは土地・建物は担保に入れていませんでした。

2012年3月31日の貸借対照表の注記を見ますと、担保に入れていた資産は有価証券などが194億円、対応する債務は36億円、となっていました。

報道では担保の合計は1500億円とあり、これらに比べるとかなり大がかりな担保と言えます。

今回の担保で幾ら借りることになったかはまだ不明ですが、少なくとも4400億円以上は借り換えないと、来年度末までに資金が枯渇してしまうことになってしまいます。


もちろん、これ以上に事業改革が進み、もしくは業績が回復して状況は改善するかもしれません。上記はあくまでワーストケースということですが、いずれにしてもしばらくは目が離せない状態が続きそうです。

予算の作成と前提条件

12月決算の外資系企業にとって、この時期は次年度予算作成のシーズンです。

外資系企業の予算作成の特徴は、以前にも述べました

多くの外資系企業では、2013年度の予算作成もいよいよ大詰め、といったところでしょうか。

更には第3四半期末を間もなく迎え、年末の見通しも作成しなければならず、てんてこ舞いの財務部門も多いことでしょう。

当事務所は、外資系の予算・見通し作成に経験豊富ですので、こうした繁忙期のリソース不足をご支援しています。ご遠慮なくお問い合わせください。

 

さて、このように予算と見通しを同時に作成しなければならない状況では、バージョン管理と前提条件の管理が重要になります。

本来、来年度予算は今年の見通しの延長線上にあるはずなのですが、予算と見通しを別々に作っていると、往々にして不連続や不整合がおきます。

したがって、予算や見通しの作成の前提として、どのような成長見通しなのか、それに必要な費用はどれくらいなのか、の前提条件をきちんと揃えておく必要があります。

予算作成を社内各部署に依頼して、財務部門でそれらを集計し積上げる場合には、各部署にもその前提条件をきちんと伝えないと、社内でバラバラの予算・見通しになってしまいます。

また、作成の途中で何度か前提条件を変えることもあるでしょう。

その場合にも、変わった前提条件と一緒に数字を集めて積み上げていかないと、やはり不整合が起きてしまいます。

一見、仕事の進め方としては当たり前のようにみえますが、組織が大きく部門も多岐に渡る場合、またトップダウンで前提がたびたび変わる場合には、その管理をよほど気をつけてやらないと、不整合に気が付かないこともあります。

財務担当者は、予算を他部門から受け取ったり積み上げる際には、同時にその前提条件もよく確認しておかなければなりません。

 

財務部門というと、いつもパソコンに向かって数字とにらめっこ、というイメージがありますが、他部門とのコミュニケーションもより大事と言えます。

外資系財務担当者必見:源泉所得税の税率が変わります。

12月決算の外資系企業にとって、この時期は次年度予算作成のシーズンです。外資系企業の予算作成の特徴は、以前に述べました

多くの外資系企業では、2013年度の予算作成で忙しくなってきていることと思います。
国税庁より、震災復興の財源として、源泉所得税の税率が変わるとの案内文書が出ています。
http://www.nta.go.jp/tetsuzuki/shinsei/annai/gensen/fukko/index.htm
適用は平成25年1月1日からとありますので、適用はまだだいぶ先です。
経理処理としては十分留意する必要がありますが、まだ先ですので忘れないようにしておきましょう。


今から注意しなければならないのは、外資系の、特にExpat(海外からの駐在員)がいる場合です。
外資系企業では、幹部社員が親会社などから駐在員として派遣されている場合が多くあります。
こうした駐在員の給与は、ネット保証、すなわち手取り額が契約で決まっていることが多いです。
その場合、本人の手取り額から逆算して、所得税、住民税を計算し、最後に総額としての給与が計算されます。これをグロスアップと言います。


また、日本での住居、車などが会社から支給されている場合には、それらも給与認定されるので、グロスアップの対象になります。
震災復興財源として、源泉所得税の税率が上がると、本人の手取り額は変わらなくても、グロスアップされる給与総額は、上記の理屈により増えることになります。
2013年度予算作成では、payroll expenseが増えることになりますので、充分留意する必要があります。


また、会社法の規定で取締役の報酬総額が決まっていることがあります。
駐在員が社長やその他の取締役に就任している場合には、税率改定によって増加した報酬総額が、規定の額を超えないかどうか注意が必要です。
万一超えてしまうときは、定款の変更や株主総会決議が必要になり、それなりの時間と事務手続きも必要になるので、早めに金額の検証が必要です。

決算書は承認?報告?

株主総会の季節になりました。

 

日本の多くの会社は3月決算ですが、会社法その他の規定により、株主総会を決算日から3ヶ月以内に開かなければなりません。そのため、6月は株主総会シーズンとして知られています。

 

株式を持っている方は、この時期に株主総会招集通知を受け取られた方もいらっしゃるでしょう。

さて、多くの招集通知、特に上場会社では、決算書は「報告」となっています。

一方、知り合いや親戚の会社の株式を持っている、とか、相続した株式がある場合などで、特に上場していない会社などからは、招集通知で決算書の「承認」を求められることがあります。

 

この、決算書の「報告」と「承認」とは、一体どんな違いがあるのでしょうか。

 

そもそも株式会社は株主のもので、その所有権を記したものが株式です。

 

株主は、日頃の経営には口出ししない代わり、一年の事業の内容を総点検し、それによって経営者である取締役に引き続き経営をやってもらうのか、それともクビにするのか、などを全て株主総会で決めます。

 

従って、総決算である決算書を株主総会で承認する、というのは株主にとって当然のこと、ということになります。

 

しかし、現代のように会社の業務内容が複雑になり、そして会計の方も諸制度が導入されて複雑になると、決算書を見せられて承認してください、というのは一般の株主には難しくなってきます。

 

そこで、一定規模の会社については、決算書が適正に作られているか専門家に判断してもらい、問題がなければ株主へは報告で充分だろう、ということになりました。

これが公認会計士(または監査法人)による会計監査制度です。会社法439条にその規定がありますが、制度自体は旧商法から続いているものです。

 

さて、公認会計士の監査を受けない場合には、決算書は株主総会で承認、ということになりますが、既に出来上がってしまった決算書を承認しない、ということはあり得るのでしょうか。
決算は過去の出来事を数字に起こしたものだから、承認するもしないも、変えようがないような気もします。

 

実は、会計というものは、事実に基づいて記録される部分と、見積もりによって記録される部分とで成り立っています。
事実に基づいて記録される部分というのは、例えば現金で支出した費用とか、現金で受け取った売上とか、通常は金額が決まっており変わりようがない部分です。
(IFRSでは、たとえ現金で受け取った売上でもその通りに記録しないこともあるのですが、それはまた別の機会に述べます)
一方、見積もりによる部分というのは、必ずしも現金によって支出したり受け取ったりしていなくても、その事業年度に起こったことを何らかの基準に基づいて記録するものです。
 
例えば、減価償却費などがこれに相当します。購入した固定資産の値段というものは決まっていますが、それを何年で減価償却するか、ということは企業がその使用年数を判断して決めることになっています。
(日本では、慣行的に税法が定める法定耐用年数を用いることが多いです)
将来起こりうる損失をある程度見込んで計上する、という会計制度もあります。何々引当金、と呼ばれるものがそうです。また、最近導入された「資産除去債務」という会計制度もこれに当たります。

 

筆者は、株主総会で決算書が承認されなかった例というのは見たことがありませんが、例えば次のような事例が考えられるでしょう。
比較的業績が好調だったので、経営者は従業員に決算賞与で報いたいと思い、決算に盛り込みます。
(実際に支給するのは決算の後であっても、従業員の頑張りはその事業年度にあったものですから、その事業年度の決算に見込計上します)。

 

他方、株主は従業員に賞与を支給するのではなく、その分を利益として配当に回してほしい、と思うかもしれません。そこで、決算書を承認せず、賞与の部分を取り下げるよう経営者に要求する、ということが一つの例として考えられるでしょう。

 

あるいは、経営者の作成した決算書がどうにも信用できない、ということであれば、株主は決算書を承認せず、決算のやり直しを命じるかもしれません。 

承認した決算書に基づいて、配当をどうするか決めるのも株主総会の重要な事項です。配当は会社の財産を還元するという、株主の大事な権利の一つですので、そのもとになる決算書を承認する、というのも株主の重要な権利であるわけです。

キャッシュ・コンバージョン・サイクルとは-日経新聞深堀り

2012年5月25日の日経新聞の記事に、キャッシュ・コンバージョン・サイクルについての解説がありました。

キャッシュ・コンバージョン・サイクルは、一般に次の式で表されます。

売上債権回転日数+棚卸資産回転日数-仕入債務回転日数

また、売上債権回転日数、棚卸資産回転日数、仕入債務回転日数はそれぞれ、次の式で表されます。

売上債権回転日数=年度末(*1)売上債権÷年間売上高×365日
棚卸資産回転日数=年度末(*1)棚卸資産÷年間売上原価×365日
仕入債務回転日数=年度末(*1)仕入債務÷年間売上原価(*2)×365日

(*1)より正確には、期首と期末を平均したものを使う
(*2)仕入額が分かるときは、売上原価より仕入額の方が望ましい

この式から分かることは要するに、営業をしていて、キャッシュとして最終的に手にできるまでの日数が何日か、ということです。

現金商売でない限りは、モノを売っただけではすぐにキャッシュは手にできません。得意先から代金を回収して初めて、キャッシュになるわけです。売上債権回転日数は、代金がキャッシュになるまで何日掛かるか、を示しています。

反対に、モノを売るためには、仕入れたり、製造したりするわけで、そのためには先にキャッシュでモノや材料などを買わなければなりません。先にキャッシュで支払って買ったり製造したモノは、売るまでは在庫として寝ていることになります。こうした在庫が売れるまでに何日掛かるかを示すのが、棚卸資産回転日数です。

一方、モノや材料を買う時には、キャッシュではなく掛けで買うことが多いので、こちらはキャッシュとして支払うまでに猶予があります。モノを買ってからキャッシュが出ていくまでにどのくらいの猶予期間があるかを示したのが、仕入債務回転日数です。

式から分かるとおり、このキャッシュ・コンバージョン・サイクルの数字が大きいほど、営業によってキャッシュを手にできるまでの期間が長いことになります。

その間のキャッシュを支えるには、借金をするか、資本を調達するしかないわけですが、いずれにしても元手を用意するということで、資金調達に奔走しなければなりません。

したがって、できればキャッシュ・コンバージョン・サイクルを小さくする、すなわちキャッシュをなるべく早くに手にできるようにすることが望ましいわけです。

そのためには、これも式から明らかなとおり、

1. 売上債権回転日数を下げる

2. 棚卸資産回転日数を下げる

3. 仕入債務回転日数を上げる

を行えばよいことになります。

 

1.の売上債権回転日数を下げるには、なるべく早くに得意先から代金を回収することです。

日本企業の多くは、昔の手形取引の名残で、この代金回収期間が長いことが多いです。3か月、4か月掛かることもあります。

ただし、得意先からの回収を早めるといっても、はいそうですかと得意先が簡単に応じてくれるわけではありません。

得意先から見たキャッシュ・コンバージョン・サイクルでは、3.の仕入債務回転日数が下がってしまうわけですから、簡単にokはしてくれないでしょう。

代金の決済期日を早めてでも買いたい、と思わせるような商品の魅力がないと、説得力がありません。

世の中には前金で、という商売もあります。前金をもらえるというのは、売上債権回転日数がマイナス、ということですから、究極のキャッシュ・コンバージョン・サイクルと言えるでしょう。

オンライン・ショッピングの中には、オンラインで注文すると現物が届く前にクレジットカードや振込で先に決済させられてしまうものがあります。これもキャッシュ・コンバージョン・サイクルを下げる一つの例と言えるでしょう。

 

2.の棚卸資産回転日数を下げるには、モノを仕入れてから、もしくは製造してから売るまでの期間をできるだけ短くすることです。トヨタ自動車のカンバン方式が良い例です。

生産ラインや物流ルートで製品や仕掛品などが滞留しないよう、改善を進めることが重要です。

かの有名なビジネス書「ザ・ゴール」もこの辺りのことが書かれています。

 

3.の仕入債務回転日数を上げるには、なるべく仕入先に支払いを待ってもらうことですが、これはなかなか難しいです。自分は売上債権の回収を早めておいて、一方で仕入の代金は待ってくれ、というのはどうも虫が良すぎる話です。

とはいえ、もし自社が大きなバイイングパワーを持ち、価格その他の条件交渉力を持っているならば、仕入先も交渉に応じざるを得ないかもしれません。

 

「キャッシュは命」とはよく言われますが、そのキャッシュを生み出すための道具として「キャッシュ・コンバージョン・サイクル」を指標として採用している会社はまだまだ少ないようです。また、そのための具体策を上に述べたような全社的な取り組みとして進めている会社も多くはありません。

資金繰り=銀行から借りる、という考え方もありますが、社内で現金を生み出す力も検討してみる価値があると言えるでしょう。

日経新聞深堀り:スカイツリーはもうかるか?

2012年5月23日付日本経済新聞の「真相深層」という記事で、「スカイツリーはもうかるか?」と題して、スカイツリー事業の収支分析が紹介されていました。

 

ここでは、もう少し財務分析の視点を加えて、この記事を掘り下げてみたいと思います。

 

東武鉄道のwebサイトには、決算報告資料が掲示されています。
http://www.tobu.co.jp/file/pdf/6238cf491eb4762aa239875255913c88/111110_11.pdf?date=20120312111027

その22ページには、東京スカイツリー事業の簡単な収支が記載されており、それによれば初期投資額は1430億円、開業5年目の営業キャッシュフローは81億円、とあります。

 

日経新聞の記事では、アナリストの分析によると約20年で回収、と紹介されていました。

 

税金を考慮し、税率を約40%とすれば、税引き後の営業キャッシュフローは81億円*(1-40%)=48.6億円となりますので、
1430億円÷48.6億円=約29年となります。

 

将来的に営業キャッシュフローが増える前提であれば、29年より短い20年の回収も可能性はあるだろうと思いますが、筆者の計算では、このようにもう少し長い印象です。

 

さて、このスカイツリー、もうかる事業なのでしょうか。
営業キャッシュフローを初期投資額で割ってみると、81億円÷1430億円=5.66%となります。
税引き後で考えると、48.6億円÷1430億円=3.40%となります。
これが、東京スカイツリーの投資利回り、と見ることができるでしょう。

 

投資利回り3.40%を高いとみるか低いとみるかは色々な議論がありますが、世界的にみると日本企業の投資リターンは低いと言われています。
投資対象として単純な比較はできないとは思いますが、例えば米国国債30年物の2012年5月24日現在の利回りは、2.84%となっています。

 

東京スカイツリー自体はあと30年の供用はするでしょうから、投資そのものの安全性は概ね大丈夫だとしても、今後の営業収入の下落リスク(いずれ飽きられ、老朽化してくると、入場料や賃料を下げざるを得ないこと)を考えると、30年物の米国債よりはちょっと良い、くらいの投資、ということになるかもしれません。

 

また、折しも約1か月前の4月27日、東武鉄道は平成24年3月期の業績を発表しました。

 

これによると、平成24年3月期の自己資本当期純利益率は、6.0%となっています。

http://www.tobu.co.jp/file/pdf/2fe2139c627a4edba3cc3dd3d5236eb8/120427.pdf?date=20120427153059
東京スカイツリー開業による東武鉄道の増益効果がさかんに各紙でも取り上げられ、営業利益100億円積み増し、のように書かれています。確かに、積み増し額はその通りなのですが、裏に初期投資1430億円があることを忘れてはいけません。

 

東京スカイツリー開業前に6.0%あった自己資本当期純利益率は、それよりも低い3.40%の東京スカイツリー事業によって薄められてしまうことになります。

 

したがって、投資ポートフォリオとしては、数字の上では「もうからない」ということになってしまいます。

 

もちろん、営業キャッシュフロー81億円は東京スカイツリーに関連するものだけで、開業による鉄道収入アップや知名度向上といった数字は表れてきません。
お祭りムードに水を差すような取り上げ方になってしまいました。個人的には、技術の粋を集め、新しいランドマークとなったスカイツリーを応援したいと思います。

年金はどうして企業の業績に影響を与えるのか(その2)-確定拠出年金

前回は、企業の決算に大きな影響を与える可能性のある確定給付年金と年金会計の関係について説明しました。
今回は、その影響を回避する確定拠出年金についてご説明します。

確定拠出年金は、その名のとおり、企業からの「拠出額」が「確定」している年金です。


企業からの拠出額が確定しているので、その後の運用や、給付額の確定については企業は責任を負いません。
この点が、「給付額」が「確定」している確定給付年金と全く異なるところです。
また、企業の責任は年金の拠出に限られていることから、年金会計の上でも、拠出した時点で費用として計上するだけで済み、決算への影響が少ないという特徴があります。

このため、外資系企業では、年金会計から生じる業績への影響懸念から、確定給付年金をやめて確定拠出年金へ移行する企業も多くありました。

企業会計の上からはメリットのある確定拠出年金ですが、年金資産の運用上のリスクや、運用成績そのものの良しあしのリスクが消えてしまったわけではありません。

運用成績が良くなければ、それは年金支給額の減額、という形で受給者に跳ね返ってきます。

したがって、どのような資産運用をするかは、年金受給者が自分で決めることになっています。この点が、運用自体は全て年金基金に任せる確定給付年金と異なるところです。
したがって、年金受給者自身が投資運用に高い関心を持ち、責任を持って運用することが求められます。

我が国では、「お金に関すること」に高い関心を持つことはどちらかというと「守銭奴」「金に汚い」とされ、否定的なイメージがありました。
その一方で、任せきりだった年金運用では、AIJのような事件が起きたり、年金会計によって企業そのものの業績に大きな影響を与えるケースも出てきています。
自分の年金は自分で考える確定拠出年金は、必然的に「お金に対する関心」を高めざるをえない効果も含まれているようです。

また、確定拠出年金は導入されてまだ年数もあまり経たないことから、税務上のメリットもあまり大きくありません。

閣僚会議の「成長ファイナンス推進会議」における、確定拠出年金を拡充する方針も、もう少し確定拠出年金の制度上の魅力を高めて、確定給付年金からの移行を進めようという意図が感じられます。

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