原価管理

サンクコスト(埋没費用)とは(その2)

サンクコスト(埋没費用)とは(その1) 」では反響を頂きましてありがとうございました。

今回はその続編です。

サンクコスト(埋没費用)を考慮に入れた意思決定を阻む要因の一つが、「利益」、特に年度などの期間で区切った「期間利益」です。

企業の業績は、年度や四半期といった、一定の期間で区切って測ることになっています。企業が持続して運営されていることが前提である以上、どこかの期間で区切らないと、企業が成長しているかどうかが分かりません。
期間を区切るという考え方は、どこでどのように区切るか、というだけのことで、長い目で何かが変わるわけではないのですが、それが意思決定をゆがめてしまうことがあります。

一つ例を見てみましょう。
いま稼働している設備があって、新しい設備にした方がキャッシュフローをより多く生み出すことができる、という案件があったとします。
今の設備A:今の設備の帳簿上の価値(簿価) 2百万円。
新しい設備B:設備代金3百万円、ただし、Aに比べて毎年1百万円キャッシュフローが増える。
ただし、設備Bを導入すると、Aは廃棄しなければならないとしましょう。

この例では、Bの設備に今取り換えれば、3年で元が取れる計算になります(税金などの影響は除く)。
したがって、Bに取り換えた方が良さそうですが、今Aを廃棄すると、廃棄損2百万円が発生します。
ですから、今年はBのメリット1百万円を早速得られたとしても、たぶん赤字になるでしょう(1-2=-1百万円)。

年度の利益が赤字になるというのは、経営者としてはなるべく避けたいところです。
したがって、Bに取り換えるのは止めて、Aをしばらく使い続けよう、という決定を下す経営者も多いのではないでしょうか。

実は、この設備Aの帳簿上の価値2百万円は、既に支出してしまっている費用なので、サンクコストです。
Aを使い続けようと、Aを捨ててBを新たに導入しようと、追加で支出を伴う費用ではありません。

しかし、このような過去に支出した費用が亡霊のように帳簿に残っていて、期間利益に赤字を及ぼすのです。
これが、サンクコストが意思決定をゆがめてしまう一つの例です。

思い切って赤字覚悟でも将来のキャッシュフローを伸ばそう、という心境になれない、そんな背景を説明できるでしょう。

サンクコスト(埋没費用)とは(その1)

日経新聞の連載に「やさしい経済学」というシリーズがあり、元金融担当大臣の竹中平蔵慶応大学教授が執筆しています。

2011年7月13日の記事では、後藤新平に寄せ、関東大震災を機に、過去の慣行にとらわれない、東京のグランドデザインが描かれたことが紹介されています。
社会に一度定着した制度や慣行を一度に崩すことはなかなか困難ですが、関東大震災によって、ゼロから作り直すことが可能になったことを、「サンクコストがゼロになった」という表現で紹介しています。

サンクコスト(埋没費用)は、経済学や経営学で意思決定を行う際によく出てくる言葉です。

ビジネスの現場に限らず、生活をしていると、幾つかの選択肢があって、どれを選んだら最も得になるか、という意思決定を迫られる場面があります。

このとき、どの選択肢を採ったとしても、どれが得かという判断に関係しないコストのことを「サンクコスト」と呼びます。
「埋没費用」という言葉は、サンク=sinkの過去分詞形のsunkを直訳していますが、もしかするとこの訳語が言葉の意味を分かりにくくしているかもしれません。

一つの例を挙げましょう。
居酒屋にやってきて、500円払ってビールを1杯注文しました。
そのビールを飲んでしまってから、実はビール飲み放題メニュー1,200円があることに気づきました。
あまりお酒が強くないのですが、あと2杯くらいは飲めそうな気がします。ただ、既に1杯飲んでいるので、あと3杯飲めるかどうかはちょっと分かりません。
このまま、(1) ビールを単品で頼み続けた方がいいか、(2)飲み放題にした方がいいか、思案のしどころです。
すると、飲み代の計算は次のようになります。

仮にビールをあと2杯飲んだ時点で、十分酔っぱらって飲めなくなってしまう場合
(1)単品で2杯飲むと、2杯x500円=1,000円
(2)飲み放題メニュー 1,200円
したがって、単品で2杯飲んだ方が200円オトク。

仮にビールをあと3杯は飲めそうな場合
(1)単品で3杯飲むと、3杯x500円=1,500円
(2)飲み放題メニュー 1,200円
したがって、飲み放題にした方が300円オトク。

このとき、最初に飲んだ1杯目のビールは、どちらが得かという計算には入っていないことがわかります。
1杯目のビールの分を取り消して、最初から飲み放題だったことにしてくれるなら別ですが、きっとそうはいかないでしょう。
したがって、既に飲んでしまった1杯目のビールは、この先どういう選択をするかには関係がありません。
つまり、これがサンクコストです。

しかし、これを実感として理解することはなかなか難しいです。
なぜなら、人間はどうしても過去にとらわれてしまう生き物だからです。

仮にあと2杯で帰ろう、と思っていても、
「最初から飲み放題にしておけば良かったなあ。あとビールを2杯飲むと全部で3杯だから1,500円。飲み放題に比べて300円損したなあ。」
などと考えたりしませんか?

冷静に考えると、あと2杯で帰るなら単品で頼んだ方が得なのですが、過去にとらわれてしまうこともよくあるのです。

何か効率の良いインフラなり設備なりが登場した時に、既存のものを壊さなければ設置できないことはよくあることです。
繁栄を謳歌し、現在も特に問題のないインフラや設備を壊してしまう、というのは普通は「もったいない」と考えます。
竹中教授の記事では、関東大震災によって否応なしにインフラがなくなってしまったので、そういう憂いをすることなく、新しく、より効率の良いインフラを設置する機会が生まれた、いわばピンチがチャンスに変わったことを説明しています。
とはいえ、過去にお金をかけて築き上げたものを捨てて、新しいものに取り換えるのは、それが得と分かっていてもなかなか難しいことがあります。
損得がなかなか思うようにならないのは、この当たりの発想が関係しているようです。
サンクコスト(埋没費用)とは(その2)に続く

カンニングに見る生産工程とコスト効率

京都大学はじめ幾つかの大学入試のカンニングが問題になっています。

この問題は、入試を一つの生産工程(試験会場という「工場」において合格者という「製品」を作り出す)と考えると、色々な問題を示唆しています。
まず、現代の入試制度は次のような点で大量生産モデルと言えます。
1. 何千人という志願者(原材料)を決められた試験日に一度に投入
2. 試験会場という一つの場所(工場)で、何段階かのプロセスを経て効率的に選抜
3. 何百人という合格者を出す(大量生産)
4. 出題と採点は、ある程度客観的に評価できる(プロセスの標準化、品質基準の標準化)

今回のカンニング事件は、テクノロジーの発達が、大量生産モデルの前提を覆してしまったともいえるでしょう。
すなわち、従来型の試験監督(投入前検査工程)で発見できたはずのカンニング(不良品)の想定を超えるようなカンニングの方法が持ち込まれてしまった(不良品の混入)というわけです。

これについては、一般に次のような対処方法が考えられます。

1. 投入前検査工程を強化する
前回述べましたように、USCPAの試験のような、何物も持ち込ませない厳しい持ち物チェックを行う方法です。
すなわち、生産工程に最初から不良品を投入しない、というやり方です。
この方法は後の工程への負担が少ない方法ですが、最初の検査工程は膨大になり、それなりのコストと時間も掛かるようになります。

2. 投入後検査工程を強化する
どんなに投入前検査工程を強化しても、不良品を0にすることは統計学上も不可能とされています。したがって、一定の不良品は発生するものだと考え、ある程度の不良品の発生は許容するとともに、最終製品段階で排除するという考え方です。
今回のカンニング問題の場合では、持ち込み検査などは強化しない代わりに、採点段階でYahoo!知恵袋などに寄せられた解答例に酷似するものはカンニングとみなして不合格にするやり方が考えられます。
この方法は、前の工程への負担は少ないですが、最終検査工程、すなわち採点段階での負担は大きくなります。

3. バッチサイズを小さくし、少量多品種生産に切り替える
上記の1.と2.のいずれも検査工程の強化にかなりのコストがかかるのは、大量生産を前提としているからです。
すなわち、一度に押し寄せる大量の志願者に対して、カンニングの有無を確認しようとするためにコストがかかるわけです。
そこで、一つ一つの工程のバッチサイズを小さくすれば、一バッチあたりの負担も小さくなります。
今回のカンニング問題の場合では、試験をもっと前から、何回にも分けて実施し、かつ1回あたりの合格者は数十名などもっと少なくする、という方法が考えられます。
この方法は、バッチが小さくなる分、工程の生産回数は増え、生産効率は低下します。しかし、起きうる様々な事象に対応する柔軟性は増します。

大量受験を前提とする場合、会場の確保、大人数の監督人員や採点人員の確保など、リソース確保の課題が多くありますが、3.の解決策では、受験プロセスは面倒になる一方、追加人員の確保は少なくて済みます。
1.や2.の大量生産モデルが装置産業型、大工場モデルだとすると、3.の解決策は、セル生産システム型と言えそうです。

固定費と変動費

1月8日日経新聞朝刊にて、信越化学工業金川千尋会長は、自社の半導体ウエハー事業の利益拡大への道について、「固定費は実質ゼロに近付いた。今後は変動費の勝負になる」と述べたそうです。

固定費の割合が大きいと、売り上げが上下したときの業績の変動が大きくなります。すなわち、売り上げが順調であれば問題ありませんが、売り上げが落ち込むとたちまち赤字に転落する、ということです。半導体産業が市況によって大きく業績が変動するのは、半導体産業の多くが装置産業で固定費負担が大きいからです。

したがって、業績の変動を最小限にするには、固定費を削減することが重要です。

一般に、売り上げに連動して増減するものを変動費、そうでないものを固定費といいます。新聞記事では減価償却の耐用年数を短くしたと書いています。すなわち、早期に減価償却を終了することで、償却終了後は減価償却費の負担がもはやなくなった=固定費を抑制することに成功したということなのでしょう。

しかしながら、固定費は減価償却費ばかりではありません。完全な時給制のアルバイトでもない限り、人件費も固定費ですし、固定資産税や水道光熱費の基本料金も固定費です。

したがって、「固定費を実質ゼロに近づける」際に、これらの固定費をどのように処理したのか興味深いところです。

「今後は変動費の勝負」という点についても、今変動費と思っているもののすべてが本当に変動費なのかどうかは一考の余地があります。

自社がサプライヤーに対して支払う費用が仮に変動費だとしても、そのサプライヤーの費用構造の中ではやはり固定費と変動費に分かれているはずです。したがって、変動費の削減を図ろうと思ったら、サプライヤーの費用構造の中で固定費と変動費をどのように削減できるかを考える必要があります。

すると、サプライヤーのさらに先のサプライヤーの費用構造も検討する必要が生じるかもしれません。

費用の削減というと、単にサプライヤーを叩いてコスト削減、という構図が思いつきますが、結局のところサプライチェーン全体で費用構造を再定義する方が、全体としてのコスト削減効果は高くなるかもしれません。

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