サンクコスト(埋没費用)とは(その1)

日経新聞の連載に「やさしい経済学」というシリーズがあり、元金融担当大臣の竹中平蔵慶応大学教授が執筆しています。

2011年7月13日の記事では、後藤新平に寄せ、関東大震災を機に、過去の慣行にとらわれない、東京のグランドデザインが描かれたことが紹介されています。
社会に一度定着した制度や慣行を一度に崩すことはなかなか困難ですが、関東大震災によって、ゼロから作り直すことが可能になったことを、「サンクコストがゼロになった」という表現で紹介しています。

サンクコスト(埋没費用)は、経済学や経営学で意思決定を行う際によく出てくる言葉です。

ビジネスの現場に限らず、生活をしていると、幾つかの選択肢があって、どれを選んだら最も得になるか、という意思決定を迫られる場面があります。

このとき、どの選択肢を採ったとしても、どれが得かという判断に関係しないコストのことを「サンクコスト」と呼びます。
「埋没費用」という言葉は、サンク=sinkの過去分詞形のsunkを直訳していますが、もしかするとこの訳語が言葉の意味を分かりにくくしているかもしれません。

一つの例を挙げましょう。
居酒屋にやってきて、500円払ってビールを1杯注文しました。
そのビールを飲んでしまってから、実はビール飲み放題メニュー1,200円があることに気づきました。
あまりお酒が強くないのですが、あと2杯くらいは飲めそうな気がします。ただ、既に1杯飲んでいるので、あと3杯飲めるかどうかはちょっと分かりません。
このまま、(1) ビールを単品で頼み続けた方がいいか、(2)飲み放題にした方がいいか、思案のしどころです。
すると、飲み代の計算は次のようになります。

仮にビールをあと2杯飲んだ時点で、十分酔っぱらって飲めなくなってしまう場合
(1)単品で2杯飲むと、2杯x500円=1,000円
(2)飲み放題メニュー 1,200円
したがって、単品で2杯飲んだ方が200円オトク。

仮にビールをあと3杯は飲めそうな場合
(1)単品で3杯飲むと、3杯x500円=1,500円
(2)飲み放題メニュー 1,200円
したがって、飲み放題にした方が300円オトク。

このとき、最初に飲んだ1杯目のビールは、どちらが得かという計算には入っていないことがわかります。
1杯目のビールの分を取り消して、最初から飲み放題だったことにしてくれるなら別ですが、きっとそうはいかないでしょう。
したがって、既に飲んでしまった1杯目のビールは、この先どういう選択をするかには関係がありません。
つまり、これがサンクコストです。

しかし、これを実感として理解することはなかなか難しいです。
なぜなら、人間はどうしても過去にとらわれてしまう生き物だからです。

仮にあと2杯で帰ろう、と思っていても、
「最初から飲み放題にしておけば良かったなあ。あとビールを2杯飲むと全部で3杯だから1,500円。飲み放題に比べて300円損したなあ。」
などと考えたりしませんか?

冷静に考えると、あと2杯で帰るなら単品で頼んだ方が得なのですが、過去にとらわれてしまうこともよくあるのです。

何か効率の良いインフラなり設備なりが登場した時に、既存のものを壊さなければ設置できないことはよくあることです。
繁栄を謳歌し、現在も特に問題のないインフラや設備を壊してしまう、というのは普通は「もったいない」と考えます。
竹中教授の記事では、関東大震災によって否応なしにインフラがなくなってしまったので、そういう憂いをすることなく、新しく、より効率の良いインフラを設置する機会が生まれた、いわばピンチがチャンスに変わったことを説明しています。
とはいえ、過去にお金をかけて築き上げたものを捨てて、新しいものに取り換えるのは、それが得と分かっていてもなかなか難しいことがあります。
損得がなかなか思うようにならないのは、この当たりの発想が関係しているようです。
サンクコスト(埋没費用)とは(その2)に続く

Comments are closed.

Facebook

Twitter