財務分析

シャープのキャッシュフローとは

※本記事は、発表された資料のみに基づく推測であり、その実現を保証するものではありません。実際の業績等は様々な要因等により大きく異なる可能性があります。


2012年9月6日、シャープが本社や工場などの土地・建物に対して担保を設定した、という報道がありました


シャープは8月28日に希望退職を発表するなど、リストラを進めている最中ですが、資金繰りについてはここが正念場、といったところでしょうか。


さて、このように報道からすると、なかなか大変な状況にあるようですが、実際のところはどうなのでしょうか。
細部まではもちろん窺い知ることができませんが、これまで公表された資料を基に、シャープの資金繰りを推測してみることにします。


シャープは2012年8月2日に、2012年度(2013年3月31日)の年間業績見通しの下方修正を発表しました
それによると、2012年度の通年の業績は、当初の見通し純利益300億円から一転して、純損失2500億円ということです。
一方、公表された連結財務諸表によると、2012年3月31日現在、現預金残高は1953億円ということでした。
したがって、今の業績見通しに基づいて考えると、2013年3月31日の現預金残高は、1953-2500=547億円のマイナスになってしまいます。

もちろん、会計上の利益に対して、現金支出を伴わない費用というのがあります。いろいろありますが、中でも大きいのは減価償却費です。
業績見通しの発表資料の中に、2012年度の減価償却費見通しは2000億円、とありますので、その分を考慮すれば、2013年3月31日の現預金残高は、-547+2000=1453億円、と1年間で500億円ほど減る計算になります。
500億円減るとはいえ、1453億円あれば、まだだいぶ余裕があるように見えます。


しかし、2012年3月31日現在、短期借入金、1年内償還予定の社債、コマーシャルペーパーといった項目を全て足すと、5854億円もあります。
これらは、2012年度中に返済しなければならないお金なので、1453-5854=4401億円も不足してしまうことになります。


表にまとめると次のようになります。


2012年3月31日現在の現預金        1953億円
今年度中の赤字による現金流出  △500億円(純損失2500億円、うち非現金支出である減価償却費2000億円を除く)
———————————————————
2013年3月31日現在の現預金        1453億円
短期債務の要返済額                  △5854億円
———————————————————
差引:要借り換え額                       4401億円


もちろん、普通ならば、短期借入金、コマーシャルペーパーといった借金は、いったん返すにしても新たに借り換えれば、実質的には返さなくてよいことになります。


しかし、連日報道されているようにこの状況ですと、金融機関も返済能力については今まで通り、という判断ではいられなくなったかもしれません。

そうすると、まるまる借り換えるということは難しく、やはり一定の金額は返済しなければならないかもしれません。


実は、これまでシャープは土地・建物は担保に入れていませんでした。

2012年3月31日の貸借対照表の注記を見ますと、担保に入れていた資産は有価証券などが194億円、対応する債務は36億円、となっていました。

報道では担保の合計は1500億円とあり、これらに比べるとかなり大がかりな担保と言えます。

今回の担保で幾ら借りることになったかはまだ不明ですが、少なくとも4400億円以上は借り換えないと、来年度末までに資金が枯渇してしまうことになってしまいます。


もちろん、これ以上に事業改革が進み、もしくは業績が回復して状況は改善するかもしれません。上記はあくまでワーストケースということですが、いずれにしてもしばらくは目が離せない状態が続きそうです。

キャッシュ・コンバージョン・サイクルとは-日経新聞深堀り

2012年5月25日の日経新聞の記事に、キャッシュ・コンバージョン・サイクルについての解説がありました。

キャッシュ・コンバージョン・サイクルは、一般に次の式で表されます。

売上債権回転日数+棚卸資産回転日数-仕入債務回転日数

また、売上債権回転日数、棚卸資産回転日数、仕入債務回転日数はそれぞれ、次の式で表されます。

売上債権回転日数=年度末(*1)売上債権÷年間売上高×365日
棚卸資産回転日数=年度末(*1)棚卸資産÷年間売上原価×365日
仕入債務回転日数=年度末(*1)仕入債務÷年間売上原価(*2)×365日

(*1)より正確には、期首と期末を平均したものを使う
(*2)仕入額が分かるときは、売上原価より仕入額の方が望ましい

この式から分かることは要するに、営業をしていて、キャッシュとして最終的に手にできるまでの日数が何日か、ということです。

現金商売でない限りは、モノを売っただけではすぐにキャッシュは手にできません。得意先から代金を回収して初めて、キャッシュになるわけです。売上債権回転日数は、代金がキャッシュになるまで何日掛かるか、を示しています。

反対に、モノを売るためには、仕入れたり、製造したりするわけで、そのためには先にキャッシュでモノや材料などを買わなければなりません。先にキャッシュで支払って買ったり製造したモノは、売るまでは在庫として寝ていることになります。こうした在庫が売れるまでに何日掛かるかを示すのが、棚卸資産回転日数です。

一方、モノや材料を買う時には、キャッシュではなく掛けで買うことが多いので、こちらはキャッシュとして支払うまでに猶予があります。モノを買ってからキャッシュが出ていくまでにどのくらいの猶予期間があるかを示したのが、仕入債務回転日数です。

式から分かるとおり、このキャッシュ・コンバージョン・サイクルの数字が大きいほど、営業によってキャッシュを手にできるまでの期間が長いことになります。

その間のキャッシュを支えるには、借金をするか、資本を調達するしかないわけですが、いずれにしても元手を用意するということで、資金調達に奔走しなければなりません。

したがって、できればキャッシュ・コンバージョン・サイクルを小さくする、すなわちキャッシュをなるべく早くに手にできるようにすることが望ましいわけです。

そのためには、これも式から明らかなとおり、

1. 売上債権回転日数を下げる

2. 棚卸資産回転日数を下げる

3. 仕入債務回転日数を上げる

を行えばよいことになります。

 

1.の売上債権回転日数を下げるには、なるべく早くに得意先から代金を回収することです。

日本企業の多くは、昔の手形取引の名残で、この代金回収期間が長いことが多いです。3か月、4か月掛かることもあります。

ただし、得意先からの回収を早めるといっても、はいそうですかと得意先が簡単に応じてくれるわけではありません。

得意先から見たキャッシュ・コンバージョン・サイクルでは、3.の仕入債務回転日数が下がってしまうわけですから、簡単にokはしてくれないでしょう。

代金の決済期日を早めてでも買いたい、と思わせるような商品の魅力がないと、説得力がありません。

世の中には前金で、という商売もあります。前金をもらえるというのは、売上債権回転日数がマイナス、ということですから、究極のキャッシュ・コンバージョン・サイクルと言えるでしょう。

オンライン・ショッピングの中には、オンラインで注文すると現物が届く前にクレジットカードや振込で先に決済させられてしまうものがあります。これもキャッシュ・コンバージョン・サイクルを下げる一つの例と言えるでしょう。

 

2.の棚卸資産回転日数を下げるには、モノを仕入れてから、もしくは製造してから売るまでの期間をできるだけ短くすることです。トヨタ自動車のカンバン方式が良い例です。

生産ラインや物流ルートで製品や仕掛品などが滞留しないよう、改善を進めることが重要です。

かの有名なビジネス書「ザ・ゴール」もこの辺りのことが書かれています。

 

3.の仕入債務回転日数を上げるには、なるべく仕入先に支払いを待ってもらうことですが、これはなかなか難しいです。自分は売上債権の回収を早めておいて、一方で仕入の代金は待ってくれ、というのはどうも虫が良すぎる話です。

とはいえ、もし自社が大きなバイイングパワーを持ち、価格その他の条件交渉力を持っているならば、仕入先も交渉に応じざるを得ないかもしれません。

 

「キャッシュは命」とはよく言われますが、そのキャッシュを生み出すための道具として「キャッシュ・コンバージョン・サイクル」を指標として採用している会社はまだまだ少ないようです。また、そのための具体策を上に述べたような全社的な取り組みとして進めている会社も多くはありません。

資金繰り=銀行から借りる、という考え方もありますが、社内で現金を生み出す力も検討してみる価値があると言えるでしょう。

日経新聞深堀り:スカイツリーはもうかるか?

2012年5月23日付日本経済新聞の「真相深層」という記事で、「スカイツリーはもうかるか?」と題して、スカイツリー事業の収支分析が紹介されていました。

 

ここでは、もう少し財務分析の視点を加えて、この記事を掘り下げてみたいと思います。

 

東武鉄道のwebサイトには、決算報告資料が掲示されています。
http://www.tobu.co.jp/file/pdf/6238cf491eb4762aa239875255913c88/111110_11.pdf?date=20120312111027

その22ページには、東京スカイツリー事業の簡単な収支が記載されており、それによれば初期投資額は1430億円、開業5年目の営業キャッシュフローは81億円、とあります。

 

日経新聞の記事では、アナリストの分析によると約20年で回収、と紹介されていました。

 

税金を考慮し、税率を約40%とすれば、税引き後の営業キャッシュフローは81億円*(1-40%)=48.6億円となりますので、
1430億円÷48.6億円=約29年となります。

 

将来的に営業キャッシュフローが増える前提であれば、29年より短い20年の回収も可能性はあるだろうと思いますが、筆者の計算では、このようにもう少し長い印象です。

 

さて、このスカイツリー、もうかる事業なのでしょうか。
営業キャッシュフローを初期投資額で割ってみると、81億円÷1430億円=5.66%となります。
税引き後で考えると、48.6億円÷1430億円=3.40%となります。
これが、東京スカイツリーの投資利回り、と見ることができるでしょう。

 

投資利回り3.40%を高いとみるか低いとみるかは色々な議論がありますが、世界的にみると日本企業の投資リターンは低いと言われています。
投資対象として単純な比較はできないとは思いますが、例えば米国国債30年物の2012年5月24日現在の利回りは、2.84%となっています。

 

東京スカイツリー自体はあと30年の供用はするでしょうから、投資そのものの安全性は概ね大丈夫だとしても、今後の営業収入の下落リスク(いずれ飽きられ、老朽化してくると、入場料や賃料を下げざるを得ないこと)を考えると、30年物の米国債よりはちょっと良い、くらいの投資、ということになるかもしれません。

 

また、折しも約1か月前の4月27日、東武鉄道は平成24年3月期の業績を発表しました。

 

これによると、平成24年3月期の自己資本当期純利益率は、6.0%となっています。

http://www.tobu.co.jp/file/pdf/2fe2139c627a4edba3cc3dd3d5236eb8/120427.pdf?date=20120427153059
東京スカイツリー開業による東武鉄道の増益効果がさかんに各紙でも取り上げられ、営業利益100億円積み増し、のように書かれています。確かに、積み増し額はその通りなのですが、裏に初期投資1430億円があることを忘れてはいけません。

 

東京スカイツリー開業前に6.0%あった自己資本当期純利益率は、それよりも低い3.40%の東京スカイツリー事業によって薄められてしまうことになります。

 

したがって、投資ポートフォリオとしては、数字の上では「もうからない」ということになってしまいます。

 

もちろん、営業キャッシュフロー81億円は東京スカイツリーに関連するものだけで、開業による鉄道収入アップや知名度向上といった数字は表れてきません。
お祭りムードに水を差すような取り上げ方になってしまいました。個人的には、技術の粋を集め、新しいランドマークとなったスカイツリーを応援したいと思います。

宝くじは買ってはいけない?

年末ジャンボ宝くじの季節になりました。テレビのCMも盛んに行われています。「当たったら何を買おうか」と胸算用されている方も多いことでしょう。

筆者は宝くじを絶対に買いません。なぜでしょうか。

投資であれギャンブルであれ、その動機というのは、一定の投資の元にリターンを期待するからです。
リターンの額が大きければ大きいほど、良い投資ということになりますが、将来のことは誰にも分かりません。
リターンがあることもあれば、ないこともあります。
投資額を失うこともあります。つまり、宝くじの場合は当たらなかったということになります。

どの程度のリターンが得られるかは、一定の確率によっています。
銀行預金や国債であれば、わずかな利率とはいえ、ほぼ確実にリターンが得られます。つまりリターンが得られる確率は100%に近いでしょう。
株式であれば、長期的にはその会社の将来の収益性の期待によって決まります。
ただし、毎日の株価といったものは、様々な思惑や評判によって乱高下します。
昨今、市場をにぎわすスキャンダルのようなものがあれば、もちろん株価は大暴落しますが、中長期的にその確率をどのように読むかが投資の成功の秘訣と言えるでしょう。
かの大富豪ウォーレン・バフェットは、長期的な投資の視野に優れていると言われています。
この確率の読みが優れているのでしょう。

さて、問題の宝くじはどうでしょうか。

一般に、宝くじの収益還元率は5割以下と言われています。つまり、100円で宝くじを買って、返ってくる当せん金は50円以下、ということです。
実は、「当せん金付証票法」という法律があり、そこでも収益還元率は原則として5割以下、とされています。

「そんな夢のない話を」
「買わなければ当たらないのだから、買い続ければいつかは当たる」
と主張する人もいるでしょう。

統計学に「大数の法則」というものがあります。
発生する条件が一定であれば、母集団が大きければ大きいほど、発生確率は最初に予定された確率に収れんしていく、というものです。

少し難しいことを書きましたが、簡単に言うとこういうことです。
サイコロをランダムに振ります。出た目は1だったり、6だったりするでしょう。
珍しいことですが、10回続けて6が出るかもしれません。
しかし、1千回、1万回、と沢山振っていると、6が出る確率はだんだん1/6に近づいていきます。
もし1/6にならなかったら、そのサイコロは重心が狂っているか、形がゆがんでいると疑ったほうがいいでしょう。

さて、宝くじの場合は、その性質上、抽選方法が厳格に行われています。
衆人監視の元で、回転する円盤に矢を放ちます。
その方法にインチキがあっては大変な騒ぎになりますから、恣意性が入らないように、意図的な操作が行われないように抽選を行います。
この「恣意性が入らない」「意図的な操作が行われない」ことが実はクセモノなのです。
恣意性なく、公平に、偶然に起因するように行えば行うほど、大数の法則により宝くじの当選は当初予定された確率に近くなります。
つまり、5割以下という収益還元率に近づいていくわけです。

初めて1枚買ったら1億円当たった!という人もいるかもしれません。
確率ですから、そういうこともありえます。
しかし、たくさん買えば買うほど、大数の法則によって当初の確率に近づいていきます。
もう何十年も、何枚も買い続けている、という人は、今すぐ買うのを止めたほうがいいかもしれません。

競馬は、馬券発売が締め切られると配当予想が表示されます。
買った人たちの勝ち馬の予想により、ある程度の予想収益還元率が表示されているわけです。
さらに、当日のダートの状態や馬の調子、騎手のリードの仕方などによって、さらに勝率は変わってきます。
この点は、サイコロや宝くじのように、予め確率が決まっていない部分ですので、大数の法則が当てはまりません。

一見、競馬より健全なギャンブルに見える宝くじですが、宝くじを買うよりは、競馬に掛けた方が財務的に健全と言えるかもしれません。
もちろん、競馬を積極的に勧めるものではありません。ギャンブルはほどほどに。

利回りとは

ギリシアの財政危機が取りざたされています。2011年11月3日の報道によれば、ギリシアの10年物国債の利回りは28%を超えたということです。

通常、国債は発行するときに利率が決まっています。半年に1回とか、年に1回、決められた利息が支払われることになっています。
予め決まっているはずの利息が突然28%に上昇してしまったのでしょうか。それとも、これから発行する国債の利息が28%ということなのでしょうか。

実はこういう利息と利回りは違います。
一般に、元本に対して支払われる利息は、「表面利率」と呼ばれています。何かに連動して利息が上下する債券でない限り、通常は「表面利率」が変わることはありません。

これに対して、「利回り」とは、その債券を満期まで持ち続けたと仮定した時の、もうけの合計を%で表したものです。
国債のような債券は、時に額面に対して低い価格、すなわち割引価格で発行されることがあります。
たとえば、95円で発行された国債を買い、1年後に100円で償還されたとすると、(100-95)÷95=5.2%儲かったことになります。
このとき、この国債は利回りが5.2%である、といいます。

国債のような債券は、発行してから満期まで持ち続けるだけでなく、売買することもあります。
日本の国債は、少し格付けが下がったとはいえ、まだまだ安全な国債とされています。
一方、ギリシアの国債は、そのデフォルト(債務不履行)懸念から価格がどんどん下がっています。

たとえば、国債のデフォルト確率が20%あるとしましょう。
持ち続けてデフォルトにならなければ、100円で償還されますが、万一デフォルトになると償還されない=返ってくるのは0円、ということになります。
そうすると、この国債の理論的な価値は、100x(1-20%)+0x20%=80円、ということになります。

こうして手に入れた80円の国債が、1年後に無事100円で償還されれば、(100-80)÷80=25%となります。
そこで、この国債の利回りは25%になった、というわけです。

利回りが上昇、というと、儲かる可能性が高い、良いことのように見えます。
しかし、その背景には、価格が下がっている=デフォルト確率が上がっている、というマイナス面があります。
利回りが高い=ハイリターンだが、デフォルトする確率も高い=ハイリスクである、という投機的な状況になっていると言えるでしょう。

さて、このように債券価格が下がっていくとき、それでも価格が決まっているということは、それを買う人がいるということです。
一体、どんな人が買うのでしょうか。
デイトレーダーのような個人もいますが、多くはヘッジファンドであったり、もしくは債券価格が下がることを前提に空売りしていた投資家が買ったりしています。
このような混乱に乗じて投機をして儲けるなんて、と眉をひそめる向きもあるかもしれません。
しかし、こういう時に投機目的で買う人がいなくなると、デフォルト懸念のある債券は、価格が底なしに暴落してしまいます。
何かと批判されることも多いファンドですが、反対に暴落を買い支えているともいえるのです。

資本コストとは(その2)-高い資本コストを要求する投資家とは誰なのか

前回は、資本コストの意味するところについて解説いたしました。
2011年10月6日付日本経済新聞の「大機小機」というコラムでは、日本企業の多くが売上高営業利益率5%にも達していないということで、資本コストを低く見積もりすぎていると述べています。

会社四季報によれば、3月決算の上場会社の売上高営業利益率は、3.2%ということです(平成11年度3月期全産業合計)。

会社の存在理由は利益ばかりにあるわけではない、とか、現在の経済環境下では売上高営業利益率3.2%は、まだ頑張っている方だ、という意見があるでしょう。

筆者も事業会社で事業管理を務めましたので、その苦労は実感できます。

ただ、自社の目線だけでなく、常に違う目線で見てみることも必要です。

もし自分が投資家だったら。

大事な資金をどこに投じるか?

営業利益率が10%を超える会社が世界には多数ある中、営業利益率が数%以下の会社に投じるでしょうか。

投資家というものは、この点については冷徹な目を持っています。

そういう視点でみると、残念ながら今の日本企業の多くは魅力が薄いと言わざるを得ないのです。

特に円高の現在では、海外の投資家からは日本企業は割高に見えます。

「投資家」というとハゲタカファンドやヘッジファンドのようなものをイメージしがちです。
しかし、そうしたハゲタカファンドは市場のごく一部で、資金の出所の50%以上は機関投資家、すなわち回り巡って私たちの年金や、生命保険、投資信託などです。
(東京証券取引所平成22年度株式分布状況調査、投資部門別株式保有状況より)

したがって、投資家の目線というものは、結局は私たちの財産を守る、増やす、という目線そのものなのです。

「高い資本コストを要求する」
それは、海外のプレッシャーとか、一部のファンドの要求だけではなく、取りも直さず私たち自身の要求ということになるでしょう。

私たちの大事な財産のために、日本企業はもっと頑張らなければならない、ということになります。

ところで、利益を増やす、というとすぐに、コストカット、リストラ、という言葉が出てきます。
そうした手段ももちろん必要な局面もありますが、利益追求のために、ひたすらコストカットやリストラを続けなければならない、という議論に筆者は与しません。
この議論はまた次回以降に述べたいと思います。

資本コストとは(その1)

2011年10月6日付日本経済新聞の「大機小機」というコラムに興味深い記事がありました。
記事では、米ヒューレット・パッカード社がパソコン事業の分離を検討したことと、日本企業の売上高営業利益率の低さについて述べています。
同部門の売上高営業利益率は5%どまりであると言われているのに対し、日本企業の多くが売上高営業利益率5%にも達していないということで、資本コストを低く見積もりすぎていると述べています。

資本コストとは

ものの本を読みますと、「資本コスト」とは、「資本を調達するコスト」と書かれています。
資本は他人資本、すなわち借入金や社債などの債務、と自己資本、すなわち株式に分けられます。
借入金や社債であれば、利息が調達コストであることは容易に理解できるでしょう。
いっぽう、株式のような自己資本は、一般には「返さなくてよいお金」と考えられ、これに調達コストがあるとは理解しにくい面があります。

自己資本の資本コストとは

自己資本の資本コスト(資本調達コスト)とは何でしょうか。
それは配当金です。株主であれば、投資=株式に対して、リターンを求めるのは当然で、そのリターンとは配当金、ということになります。
会社は、十分な利益もないのに配当をすることは法律で禁じられているので、配当をするには、裏付けとなる利益が十分に上がっていなければならない、ということになります。

将来株価が上がれば、株主は売却益を手にすることができるのだから、配当がなくても株価が上がっていればよい、という見方をすることもできます。
ただし、根拠もなく株価が上がるわけではありません。この先大きく業績が伸びる、という期待があるから株価が上がるわけで、やっぱり十分な利益を上げることが必要になります。

自己資本の資本コストは借入より高い?

次に、自己資本の方が借入よりも調達コストが高い、と言われるのはなぜでしょうか。
トヨタ自動車は平成23年6月17日の株主総会で、年間の配当金を50円とすることを決議しました。
トヨタ自動車単体の平成23年3月末の一株当たり株主資本(=自己資本)は、2,081円です。したがって、自己資本の資本コストは、50円÷2,081円=2.4%ということになります。

配当は、会社の利益を原資にするわけですから、会社は配当して十分なだけの利益を上げていなければなりません。
配当する前には税金も払わなければなりませんから、50円の配当をしようとすれば、83円の利益を上げなければなりません。
50÷(100%-40%)=83円、日本の税率は、法人税、住民税、事業税など全て含めて約40%と言われています。これを実効税率といいます。
83円÷2,081円=3.9%となりますので、借入と比べると高い率になっていることが分かります。
つまり、2,081円の資本を株主から預かって、83円以上の利益を上げなければ、50円の配当をすることができない、ということです。

資本コストとは(その2)に続く

日本企業のROE、前年比改善

7月3日日経新聞朝刊で、上場企業のROEが2011年3月期に平均6.0%となり、前年同期より2.1%改善したとの報道がありました。
それでもなお、米欧の主要企業のROEは平均10%を上回るそうです。

日本企業のROEの低さは、よく話題に取り上げられます。
筆者は、日本企業の特徴から、次の2つの点を原因として見ています。

一つは法人税の高さです。
日本の法人税の実効税率は約40%です。他方、米国はほぼ同水準と言われるものの、欧州のそれは約30%前後と言われています。
したがって、日経新聞の報道の例で、税引き前の水準で考えると、
日本のROE=6.0%÷(1-40%)=10%
欧州のROE=10%÷(1-30%)=14%
となり、依然として欧州に差があるものの、その差は縮まります。
たとえば、もし欧州並みにROEを得ようと思うと、税引き前では10%÷(1-40%)=16.7%も確保しなければなりませんから、なかなか大変なことだと思います。
日本の税負担の高さについては、財界からも法人税の負担軽減の提言がたびたびなされますが、このようにROEで考えると、その負担の高さはやはり目立ちます。

もう一つは、数値的には検証をしていないため筆者の推測の域を出ませんが、日本企業の価格設定にあると思われます。
多くの欧米企業、特にブランドイメージの高い企業は、高いマージン率(粗利率)を得ているといわれています。
ルイ・ヴィトンのような高級ブランド品、メルセデスのような高級車などは、筆者は実際の粗利率を知りませんが、相当の粗利率と考えてよいでしょう。

一方、ソニー、パナソニック、トヨタなどは世界的にも知らない人のないほどのブランドですが、それほどの高い粗利率を得ているとは思えません。
したがって、こうした粗利率の差が、最終的なROEの差につながっていると言えそうです。

もちろん、日本企業の付加価値戦略が誤っているわけではありません。日本企業の製品は昔から安価で高品質と言われますが、欧米企業に比較して低いであろう粗利率は、安価である点にあるだろうと思います。
すなわち、日本企業の付加価値戦略においては、付加価値はROEを通じて資本家に渡るのではなく、安価を通じて顧客に渡っていると考えられます。
資本家から見れば、当然に得るべき付加価値を搾取されている印象がありますが、安価を通じて顧客に渡ることで、長期的なロイヤリティ=企業の持続的成長を得ているとも考えられるのです。

リコー、HOYAからペンタックスのデジカメ事業を買収

リコーはHOYAからペンタックスのデジカメ事業を買収すると発表しました。

筆者は長年、ペンタックスの防水デジタルカメラを愛用しており、この発表を興味深く読みました。

詳細は明らかになっていないようですが、記者会見でのトップの発言や公表された資料から、色々と興味深い財務内容が伺えます。

■デジカメ事業の売却によって、HOYA首脳は「特別損失を出す予定はない」と発言しています。事業売却に伴う特別損益は、経営判断によって計上する/しないは選択できませんので、「特別損失は出す予定はない」というよりは、「特別損失は出ない」という意味なのでしょう。
もっとも、HOYAはこの3月期からIFRSに移行しており、IFRSでは特別損失の計上が認められないので、そのことを発言しているのかもしれません。

■HOYAは実は4年前の2007年8月にペンタックスを買収しています。その時の発表資料によれば、買付資金の総額は944億円でした。
一方、HOYAが開示した発表資料によれば、分割する事業の資産は212億円、負債は105億円といいますから、差引して純資産は107億円ということになります。
日経新聞の7月1日付夕刊の記事では、今回のリコーによる買収額は100億円と推定しています。この純資産から推定したのかもしれませんが、前述で(日本基準を前提にして)特別損失が発生しないとすると、買収額はもう少し大きいかもしれません。

■リコーの社長は「3年で1000億円を超える事業に育てたい」と発言しています。このことから、現在のリコーのデジカメ事業は、ペンタックスを合わせたとしても、1000億円には達していないと分かります。
旧ペンタックスの資料によりますと、平成19年3月期の連結純資産は431億円もありました。
また当時のセグメント情報によると、イメージング事業全体では売上が811億円、営業利益は31億円、減価償却は21億円となっており、単純に営業利益に減価償却を足して、営業キャッシュフローを簡便的に計算すれば52億円、ということになります。

■HOYAにおいて、デジカメ事業を含む旧ペンタックス事業の概要を知りたかったのですが、セグメント情報は他の事業と一体になっており、旧ペンタックス事業の収益性は分かりませんでした。しかし、HOYAの財務ハイライトによると、2010年3月期はペンタックス事業の売上は1000億円近くはあったことになります。
2年前のイメージング事業811億円から成長しているのでしょう。
ペンタックス(HOYA)のデジカメ出荷台数は、日経新聞の記事によれば163万台。カカクコムによると、多くの製品は小売価格が1万円前後ですので、カカクコムのような最安値取引価格を考慮したとしても、卸売価格の平均もせいぜい1万円未満といったところでしょう。1台の出荷高を仮に1万円とすればデジカメの売上は163億円と推定されます。多くても2-300億円程度なのではないでしょうか。
他方、リコーの出荷台数は50万台。同様に小売価格を見積もれば、売上高は50億円から100億円といったところだと思います。リコーの買収後の売上高は、ペンタックスを合わせて4-500億円程度でしょうか。
そうすると、「イメージング事業」と呼ばれる中には、デジカメ事業以外に他の事業が半分以上を占めていることがわかります。
今回、売却する事業は「デジタルカメラ・交換レンズ、デジタルカメラアクセサリー、セキュリティカメラ関連製品および双眼鏡など光機製品の開発・製造・販売事業」と書かれていましたので、売却するデジカメ関連の事業以外に、ペンタックスから引き継いで、HOYAに残す事業があるように見えます。

以上から、次のようなことが分かります。
■ペンタックスはカメラのブランドとして知られているが、HOYAがペンタックスを買収した時、既にその事業の中心はカメラと同等かそれ以上のイメージング事業があった。
■HOYAはそのイメージング事業の高い収益性に着目してペンタックスを4年前に買収、純資産431億に対して、およそ倍の944億円を投じた。
■今回、デジカメ関連事業を相当の高額(日経の推定では100億円)で売却したが、イメージング事業の大きさから推定すると、HOYAに残すイメージング事業もあるようだ。
■リコーは、自社のラインナップにペンタックスブランドを加えて、デジカメ事業を強化したい。今の売上水準(推定)を少なくとも倍増させたい。

したがって、今回の意思決定では、旧ペンタックス事業の中からHOYAのシナジーに近い、イメージング事業の”おいしい部分”を残した一方で、リコーについても競争の激化するデジカメ事業で、一定のシェア確保をする礎になったと筆者は見ています。

なお、このブログの内容は、発表された資料や発言を一部用いて推定したもので、資料を精査したものではないため、重要情報の見落としや判断誤りの可能性があります。
また、このブログの内容をもって投資売買の勧奨を行うものではなく、また投資意思決定の材料として利用されることを予定していませんのでご注意ください。

Facebook

Twitter